明日には出立する。
そう言っていたから、今日は絶対に早く帰ってくると思っていたのに……。


「……遅い。」


私は完璧に盛り付けまでを終えた料理を目の前に、頬杖を付いて、息を吐いた。
いつもと同じくらいの時間に帰るだろうと予想して用意した料理も、そこから上がる湯気がジワジワと小さくなり、徐々に冷めていくのが目に見えて分かる。
そうして刻々と時間が経過するにつれ、元より良くなかった私の機嫌も、更に悪くなっていくという訳で……。


「帰ったぞ、アンヌ。」
「……お帰りなさいませ。」
「何だ? まだ御機嫌斜めか?」


まだ、ではなく、更に、なのですけどね!
それを告げたところで、この人はキョトンとするだけなのだろう。
だから、私は敢えて口を噤んだまま、恨めしげにシュラ様を見上げた。
だが、お腹を空かせている彼は、テーブルの横に立ったまま、そこに並んだ料理にばかり目が向いている。


「冷め掛けているな。直ぐに飯にしよう。」
「…………。」


私が何も答えない事も気に掛けず、そそくさと部屋へ足を運んだシュラ様。
数分と経たない内に、黒のポロシャツとグレーのハーフパンツというラフな服装に着替えて戻ってきた。
手も洗ってきたのだろうか、ポロシャツの裾で、その手をゴシゴシと拭っている。
この人は、何度、注意しても、着ている服で手を拭くのを止めないのだから困ったものだ。


「シュラ様。いい加減、シャツの裾で手を拭くのは止めてください。洗面所に手拭き用のタオルが掛けてあるじゃないですか。」
「面倒だ。服の裾で、ちょっと拭えば事足りる。」


面倒だ、ではありません!
服で手を拭くなんて、衛生面でも、マナー面でも最悪です!
もう良い大人なのですから、その辺りのお行儀はキチッとしていただかないと!
黄金聖闘士としての品位が落ちてしまいます、デスマスク様以上に!


「今夜は、いつにも増して、口やかましいな。何をそんなにイライラしている?」
「理由なら、御自分の胸に手を当てて考えれば、直ぐに分かる事でしょう。」
「帰りが遅くなったから、怒っているのか? ならば謝る。すまん。」


不機嫌の理由は、それだけじゃないですけれどね!
先日、教皇宮で一緒に仮眠を取った折の事。
私の身を心配したシュラ様が、こうして待つ身のもどかしさも、不安も、理解してくれたと思ったのに。
なのに、もうスッカリ忘れているとは、呆れの溜息が零れそうだ。


「……もう一度、以前の資料の見直しをしていた。少々、時間を食ってしまったのが予想外だったが、まぁ、それも仕方ない。」
「それって……。」


それこそ、昨日までの事があるからだ。
アイオリア様が、あの遺跡に眠っていた、もう一つの封印の存在に気付けなかったのは、決して彼の責任ではない。
あれは記録上のミスだったけれど。
それでも、今回得た教訓は、深く身に刻まなければならない。
これからの任務に当たり、過去の記録・資料の見落としはないか、確認するのは大事な作業だ。


「流石に、見逃している部分はなかったがな。ただ、もう一度、ジックリ目を通して、内容をチェックしたからか、思った以上に時間が掛かってしまった。」
「でも、もし、また同じような記録漏れがあったなら、チェックする方には分からないのではないですか?」
「そんな事、そうそうあってたまるか。もし、二連続で記録ミスが発覚したなら、俺は記録班に抗議するぞ。こんな事では、やってられんとな。」


フンと鼻を鳴らした後に、苦笑を零すシュラ様。
本来、記録ミスなど、この聖域においては有り得ない事態。
今回の鬼神の件だけでも、事務方には激震が走ったというのに、これ以上、何か起きたら、どうなるか。
教皇宮の中がパニックになった様子が容易に思い浮かんで、私も彼と同じように苦笑を零した。





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