6.取り戻した日常の中で



翌日。
早速、歩美さんの様子を窺いに、教皇宮へと出向こうとしていた私は、すぐさま出鼻を挫かれた。
空は見事なまでの晴天。
太陽の光が燦々と十二宮の階段を照らし、暴力的なまでに降り注いでいる。
これでは夕方まで外出は無理だ。
一昨日までは、あんなに不安定な天気が続いていたというのに。


少しだけガッカリしながら、一日の仕事を始めた。
掃除、洗濯、昼食と夕食の準備。
それから、宮費の管理、計算と帳簿付け。
いつもと変わらない日常。
昨日、あんなにも激しい戦闘が、この聖域の内部で起こっただなんて、微塵も感じられない平穏さ。
この日常にドップリと飲まれてしまえば、昨日までの事が、まるで夢の中の出来事のようにも感じてしまう。


「よぉ、アンヌ。シュラは?」
「こんにちは、デスマスク様。シュラ様は朝から執務です。」
「あ、そー。」


正午前に現れたのは、いつものように飄々としたデスマスク様だった。
その態度が、あまりに普段と変わらなさ過ぎて、益々、昨日の事が夢のように思えてくる。
この人は、シュラ様が居ようが居まいが関係ないのだろう。
手に持っていた紙袋をドンッとテーブルの上に置いて、自分は勝手知ったるシュラ様の部屋とばかりに、好き放題に部屋の中をうろつき回っている。
ドカドカとキッチンに入り込み、どうやら、また勝手にコーヒーを淹れている模様。


「あの、これは?」
「日本土産だ。」
「お土産?」


デスマスク様は時折、こうしてお土産を持ってきてくれる事がある。
でも、それは交渉など、戦闘を伴わない任務の時や、私的な旅行の時だけ。
今回は私事旅行だったとはいえ、本来なら、ゆっくりと本腰を入れて恋人さんを説得する予定だったのが、急遽シュラ様のサポート役を任され、駆け足での滞在となってしまった。
こんな時は大抵、不満たらたら、お土産なんて以ての外という感じなのに、珍しい事もあるものだわ。


「……乾麺ですか、これ?」
「蕎麦だ。なかなか美味い。茹でりゃ直ぐに食えるし、昼飯には丁度イイぜ。タレ、付いてただろ? 蕎麦つゆってンだが、茹でて、冷やして、ソレに浸して食うだけ。お手軽だ。」
「日本の麺ですか。初めてみました。こっちは何ですか? クッキー、じゃないですよね。」
「煎餅だ。ま、日本の米クッキーってトコだな。シュラが好きなンだわ、ソレ。」


へえぇ、シュラ様がこのようなものを好むだなんて知らなかった。
恋人という立場になったとはいえ、この宮に来てから、まだ半年に満たない私。
まだまだ彼について知らない事が沢山ある。


「……戻った。」
「あ、シュラ様。お帰りなさいませ。」
「よぉ、お疲れさん。」


そうこうしている間に、シュラ様がお昼休憩のために戻ってきた。
デスマスク様の姿を見止め、キリキリと目が釣り上がっていく。
自分の居ない間に宮の中に入り込んでいた事に苛立ったのか、ちょっとだけムッとした顔をデスマスク様に向けた。
これも、また日常の光景。


「何をしている、デスマスク。」
「そうムッとすンなって。土産、持ってきたンだよ。ほれ。」
「お、煎餅か。」


差し出されたお煎餅の袋を、躊躇いもせずにビリリと開けて、早速、齧り付くシュラ様。
パリパリ、ボリボリと小気味良い音が鳴り響く。


「オイオイ、昼飯前だろが。食うなら食後にしとけよ。」
「このくらいなら問題ない。アンヌの作る飯は絶品だからな。多少、腹が膨れていようと、ガンガン食える。」
「あの、褒められているように聞こえないんですけれど、シュラ様……。」


呆れの視線を送るデスマスク様と私の事はスルーして、悪びれもせず二枚目の袋を開けるシュラ様。
バリバリと煎餅を齧る音に混じって、私の口からは小さな溜息が零れ落ちたのだった。





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