スッと伸ばした腕で、少しだけ私の身体を横に押し遣ると、シュラ様はその空いた隙間から部屋の中へと入り込み、そして、静かに扉を閉めた。
パタン。
再び薄暗い闇に包まれ、部屋の空気もシンと静まる。


「何処に消えたのかと思ったが……、やはりココに居たか。」
「す、すみません。何も告げず、勝手に一人で抜け出してしまって。」
「別に構わん。お前は女官ではないのだから、この騒動に付き合う必要もない。ただ、無理を言って現場にまで同行したアンヌの事だ。磨羯宮に帰れと言ったところで、帰らないだろうとは思っていた。」


だから、姿は見えずとも、必ず近くには控えている。
そう踏んで、この女官用の執務室へと、私の姿を探しに来たようだった。
流石はシュラ様、私の単純な行動など、何もかもお見通しらしい。


「で、お前はココで仮眠を取るつもりか?」
「そのつもりですが……。」
「確かに、ココならばアイツ等に気兼ねして、場所を譲る必要もないな。」


隣の執務室に控える他の黄金聖闘士達に聞こえないようにとの配慮だろう、呟くような小さな声でシュラ様が言葉を紡ぐ。
だが、その小声ですら、この真夜中の静かな部屋では、クリアに耳に届いてくるのだから不思議だ。
彼の声は、それほど透る声ではないと思っていたけれど、少しの揺れもブレもなく、真っ直ぐに私の耳の中へと飛び込んでくる、この感覚。
夜の闇というのは、呼吸の音や、針の動く微かな振動までも伝えると言うけれど、こうまで鮮明に聞こえるものなのだろうか。


「俺もココで仮眠を取っても構わないか?」
「……え?」
「折角、アンヌが一人で寛いでいたところを悪いのだが、向こうの部屋には場所がない。」
「別に寛いでなどいませんでしたが……。」


気をシッカリと張っていないと、深い眠りに落ちてしまって、隣の部屋の動きが察知出来ない可能性がある。
だから、例え自分一人だけしか居ない空間だったとしても、ノンビリ寛いでなどいられない。
ピリピリと張った、この絶妙な緊張感を途切れさせる訳にはいかないのだ。


「フッ、冗談だ。だが、そこのソファーを借りたい。良いか?」
「えぇ、どうぞ。でも、シュラ様が使うには狭くて小さいですよ。」
「問題ない。床よりはマシだ。」


彼が指で示した先には、先程まで私が座っていたソファー。
応接用のそれは、二人掛けのものがテーブルを挟んで二脚、向かい合わせに置いてあった。
一方をシュラ様、もう一方を私が使えば、仮眠する程度ならば十分だろう。
ただ私よりも、ずっと身体の大きなシュラ様には、少し窮屈かもしれないが。


「向こうは、ソファーも仮眠室も先を越されてしまった。残るは自分のデスクで突っ伏して寝るか、床に座って寝るかの二者択一だ。」
「流石に、どちらも厳しいですね。」
「アンヌも、そう思うか? デスクでは身体が痛くなるし、床だと尻が痛くなる。どちらも辛い。」


いつもの無表情でありながら、何処となく嫌そうな様子が滲むシュラ様の顔。
彼の体力ならば徹夜をしても、どうという事はないのだろうが、相手は神とは名ばかりのあの化物。
カミュ様の氷の拘束を簡単に破壊した鬼神だ。
その相手と戦わなければならない事を思えば、休める時は休んでおきたいというのが、誰もが抱える本音。


「なら、遠慮なく借りるぞ。」
「はい。私も、もう寝ます。何かあれば、遠慮なく起こしてください。」
「分かった……。あぁ、ちょっと待て。」
「??」


向かい合うソファーに、それぞれの身体を沈め、さて眠ろうとした時の事だ。
再び腰を浮かせたシュラ様が、音もなくこちらへと近付いてくる。
何事か分からず、私はソファーに腰を落としたまま、目の前に立ちはだかった彼の姿を、ぼんやりと見上げた。





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