辿り着いた先は闇、である筈だった。
そこに灯りはない。
広がる森も、岩だらけの河岸も、全てが自然のままの姿で、そこにある。
十二宮の周辺や、聖域に暮らす人々の居住区の辺りを除けば、この聖域の広大な土地の殆どが人の手の加えられていない自然の姿を留めている。
そこに人為的な灯りなど存在しないのだ。


なのに、この眩しいまでの明るさは何だろう。
私が居る場所は、アイオリア様やシュラ様達が向かった小滝より、ずっと後方の位置。
それなのに、その滝から広がる光が、真っ直ぐに突き刺さってくるようで、目が眩んでしまう。


「く……、これ程までに力を蓄えていたとは……。」
「ムウ様?」
「アンヌ、私の傍から離れてはなりません。いざという時に、貴女を守れなければ意味がない。彼女を心配する気持ちは分かりますが、ここは堪えて、私の後ろに居てください。」
「は、はい……。」


ムウ様の身体越しに、鬼神と対峙する皆の様子を眺める。
すると次第に眩しさに慣れてきた視界の中で、離れた位置で起きている光景が、映画のスクリーンに映る一つの場面のように、パッと目の中に飛び込んできた。


目映い光が放出されているのは、まさに小滝の真ん中。
勢い良く流れ落ちる滝の中央に留まっているなど、普通の人間では有り得ない筈なのに、そこに浮かび上がる光の中にいるのは、間違いなく歩美さんだった。
そして、その身体を包み込むように姿を現した鬼神は、ユラユラと揺らめくホログラムのように、姿形が安定していない。
やはり未だに実体化出来ず、歩美さんに憑りついている状態なのだ。


「膠着状態のようですね。どうして誰も攻撃をしないのでしょうか?」
「攻撃しないのではなく、出来ないのだと思います。アレには実体がない。下手に攻撃しては、傷を負うのは憑代である彼女です。」


鬼神が憑りついているとはいえ、そこに在るのは歩美さんの身体。
当然、アイオリア様が攻撃を仕掛ける事など出来ない。
同じく周りを囲むシュラ様達も、まるで動けないでいる。
細心の注意を払い、歩美さんに当たらぬよう攻撃を仕掛けたとして、実体のない鬼神に対し、果たして効くのかどうか。
何よりも怖いのは、精神体である鬼神に放った攻撃のダメージを、歩美さんの身体が負う場合だ。
どんなに歩美さんを避けて攻撃しても、精神体が受けた傷の痛みが彼女へと流れてしまうのなら、攻撃をする事自体が不可能になってしまう。


そして、どうやら、その懸念は間違っていないようだった。
誰一人として、攻撃を繰り出そうとはしないのだ。
距離を取り、臨戦態勢を取り、鬼神との間合いをギリギリで保ちながら、様子を窺っている。
一触即発の緊張感が、離れたこの場所にまでも伝わってくるようだ。


「この冷気は……。」
「カミュが川と滝の水を凍らせて、動きを封じているようですね。ですが、彼も相当に焦れているみたいです。」
「どうしてですか?」
「カミュの凍気の威力は、この程度ではありませんよ。本気を出せば、あの化物自体を凍らせる事も可能でしょう。でも、今はそれが出来ないでいる……。」


歩美さんがいるからだ。
これ以上の凍気の放出は、受ける側に命の危険を伴う。
だから、彼女に危害が及ばない程度に小宇宙を抑えて、鬼神の動きを止めるだけに留めているのだ。
少しでも加減を間違えれば、歩美さんの身体に大きな負荷が掛かってしまう、この状況。
非常に繊細な調整が必要なこの場面で、カミュ様の額を大粒の汗が伝い落ちていくのが、離れた場所からでも見えていた。





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