大きく開かれた扉の前には、真っ白な法衣に身を包んだアイオロス様がいた。
息を切らし、いつも浮かべている余裕の笑みが、その端正な顔の何処にも見当たらない。
ギュッと寄せられた眉が、事態の重大性を示している。
額と、そして、ホックが外された首元に大量の汗が伝い、鈍い電灯の下で光っていた。


「皆、ココにいるか?!」
「アイオロス?! どうした、何かあったのか?!」
「外へ出てくれ。見れば分かる。」


焦燥した表情とは正反対に、不思議と落ち着いたアイオロス様の声。
動揺の走る後輩達の様子を眼前にして、彼は持ち前の冷静さを取り戻したのかもしれない。
慌てて部屋を出ていく皆を、身体を扉の横へと退けて通してから、バサリと法衣を翻して最後尾に付く。
勿論、私も彼等の後を追って、宮の外へと向かった。


「あ、あれはっ?!」
「何だ、この光はっ?!」


獅子宮の入口まで駆け出ると、遠く聖域の森の奥から、三条に分かれた強い光が発せられているのが見えた。
既に夜の闇にトップリと飲まれて、その輪郭を黒い色に塗り込められていた森の木々が、光に照らされた部分だけ、ぼんやりと浮かび上がって見えている。


でも、この方向。
アテナ様の禊ぎの泉とは違う方向だ。
この光が射出している辺りには、確か……。


「この方向……。小滝の方ではないですか?」
「あぁ、間違いないだろう。禊ぎの泉程ではないが、あそこも清廉なる力に満ちているからな。」


聖闘士候補生達が使っている闘技場の裏手、そこには聖域の森の奥から続く川の先に規模の小さな滝がある。
聖闘士や候補生達が、多く修練を行っている場所だ。
強い闘士であろうとする彼等の意志と、修練中に燃やされた小宇宙とを、余すところなく吸収した滝壺には、水を操る鬼神にとっては極上のパワーが漲っている事だろう。


「ココでどうこう言っていても始まらない! 行くぞ!」
「アイオロス! 教皇宮を空けて、平気なのか?!」
「サガが待機している、問題ない! それにアフロディーテが補佐に着いてくれているから、大丈夫だろう!」


一言も言葉を発せず、ギリッと唇を噛んだアイオリア様が、先陣を切って飛び出していく。
それを追ってカミュ様、アルデバラン様、ムウ様が走り出したところで、彼等の後に続こうと背を向けたシュラ様を、私は慌てて呼び止めていた。


「ま、待ってください、シュラ様!」
「どうした、アンヌ?」


鋭い視線と眉を寄せた厳しい表情は、私が滅多に見る機会のない聖闘士の顔だ。
いつものシュラ様とは違う。
口に出しては言わないが、その黒い瞳には、明らかに私などに関わっている時間はない、そう言いたげな焦りの色が浮かんでいた。


「お願いです、私も連れていってください!」
「何を言い出すかと思えば、無理に決まってるだろう。」
「分かっています! それでもっ!」


シュラ様が拒否するのも当然だ。
一般人の私を、そんな危険な場所へ連れていく訳にはいかない。
シュラ様じゃなくても、駄目だと言うだろう。
一般人を危険な化物がいるかもしれない場所、戦闘が行われるかもしれない場所へと、迂闊に連れていき、もし怪我でもしたら……。
最悪、命を落としてしまったら……。
そんな事になっては、彼だけの責任では済まされないのだ。


それでも、それでも……。





- 6/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -