行きの重みは私と傘だけだったけれど、今はアレコレと買い込んだ買物の荷物がある。
それでも、シュラ様は重さなど微塵も感じていないように軽々と私と荷物を抱え上げ、颯爽と駆け出した。
走り出してしまえば、彼のこのスピードでは雨に濡れる事もない。
私は抱えた荷物と傘を落としてしまわないようにギュッと強く腕に抱き、襲いくる圧力にグッと耐えた。
身体に掛かるGは凄まじいものがあるが、それもホンの少し堪えれば聖域に辿り着く。
その短い時間を、私は彼の腕の中で歯を食い縛っていた。


「……おかしい。」


全身に圧し掛かっていた力がフッと抜け、直ぐに地面へと足を下ろされる。
目を開けると、既に十二宮の中にいた。
眼前に見上げるのは、獅子宮だ。


「どうかしたのですか、シュラ様?」
「アイオリアが居ない。」


小宇宙を感じ取れるシュラ様には、宮の中にアイオリア様が居るか居ないか、簡単に分かる。
獅子宮を見遣るシュラ様の顔は、他の人から見れば、いつもの無表情に変わりないのかもしれない。
でも、私から見れば、彼は明らかに眉間に皺を寄せていて、怪訝そうな顔をしていた。


「出掛けているのではないでしょうか?」
「彼女を一人、宮に置いてか? 言い方は悪いが、アイツは謹慎中だぞ。」
「それでも、聖域内部であれば自由に出歩けます。獅子宮の中に閉じ籠もっていろとは言われていないのですから。」


それでも、納得いかないのか、眉間の皺を更に深めるシュラ様。
確かに、この数日の彼等の様子を思えば、アイオリア様が一人で宮外に出ていくのは、どうかと思われる。
だからといって、彼に出掛ける用事がないとも言い切れない。


「それに、歩美さんは毎日、この時間は眠っているそうです。昨日、アイオリア様が磨羯宮を訪ねていらしたのも同じ時刻でしたし、彼女はグッスリ寝ているからと、そう仰ってました。」
「寝てる? こんな昼間にか?」
「ランチの後に服用する鎮痛剤が効いて、眠ってしまうそうです。過度なリハビリもあって、疲れが出ているのかと。」


そうか、と一言、小さく呟き、シュラ様は獅子宮の中へと足を踏み入れた。
宮主不在のプライベートルームに入るのは気が引けたが、頼まれていた買物の荷物がある。
取り敢えず、分かり易い場所にと思い、簡単な書き置きを添えて、リビングのテーブルの上に荷物を残し、長居にならぬよう足早に退散した。


「……やはり、気になるな。」
「アイオリア様の事ですか?」
「この雨だ。トレーニングをするなら室内だろうし、寝ているとはいえ、彼女の傍を遠く離れるようなマネはしない。報告書なども、今は獅子宮で処理し、従者が教皇宮へと届けている。何か、ちょっとした用があって他の宮へと出掛けているのなら、直ぐにも戻ってくるだろうが、その気配もない。」


元より鋭い目を更に尖らせて考え込むシュラ様の白い頬に、開いた傘の青い影が映る。
聖闘士の感は鋭い。
それは危険を察知する本能なのか。
いや、黄金聖闘士の常人よりも遙かに発達した五感と、研ぎ澄まされた精神により感じ取る事が出来る力――、第六感によるもの。
その並外れて優れた能力を、人は本能と呼んでいるのだろう。
普段は楽観的というか、他人の事など気にしないシュラ様が、こうも考え込んでいる姿を見るに、きっと何かがある。
もしくは、何かが起ころうとしているのだと、私は思った。



→第5章 第1話に続く





第4章は比較的、のんびりほのぼのな雰囲気で、お話が進みました。
その中にも、これから起こるだろう大きな『事件』の前触れと言うか予兆のようなものを含ませて、何処か不安を感じさせる要素を織り交ぜつつといった進行具合にしてみたのですが、少し中だるみだったかもしれません(苦笑)

第5章では、その『事件』が、いよいよ勃発。
お話も佳境に、そして、ラストに向かって突き進んでいきます。
何が起きるのか、そして、皆が『事件』と、どのように対峙していくのか、ハラハラしながら読んでいただけると幸いです。



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