「でも、良かった。」
「え……?」
「だって、そうでしょ。アイオリアには悪いけれど、お陰で私には、まだ希望があるもの。ね?」
「はぁ……。」


何と答えて良いのやら。
非常に微妙な立場にある私は、兎に角、曖昧な返事しか出来ないでいる。


だけど、私も心なしか、ホッとしている部分もあった。
アイオリア様の事は、どうしたら良いものかと頭を悩ませてもいたのだ。
シュラ様との事をハッキリと告げてしまえば、それで終わりなのかもしれないけれど、彼とは始終、この十二宮の中で顔を合わせる訳だし、気まずくなるのは嫌だった。


でも、彼女が……、歩美さんが傍にいて、アイオリア様を支えてくれるなら、気まずくなっても良いかなとさえ思える。
例え、私が彼を傷付ける事になっても、その傷を癒してくれる誰か別の人が、必ずいる筈で。
それが、きっと彼女なのだと、そう思う。


それから、私達は他に必要な物の事や、聖域の事などを少しだけ話した。
明日はシュラ様と一緒に、アテネ市街に買い物に出る予定がある。
折角なので、歩美さんの洋服なども幾つか見繕いたいと、彼女の好みのデザインやカラーを教えてもらった。
ちゃんと彼女のお気に召すものが揃えられるかは怪しいので、怪我が治るまでの短い期間だけは我慢してくださいねと言ったら、歩美さんは大きな声を上げて笑った。
わざわざ買い物に行ってもらうというのに、文句なんて言う筈がないわ、と。


「あ、下着はどうします? 先程、お渡ししたものは、ココの市場で買ったものなので、質素なものですし……。」
「別に質素なものでも構わないわ。下着は怪我が治ってから、自分で買いに行くつもり。やっぱり身体にちゃんと合うものを買わないと、こればかりは、ね。」
「そうですよね。」


こんな風に、明日の買い物についての、ある程度の会話が終わると、私達は、またリビングへと引き返した。
そこには、私が持ってきたランチボックスを手に、それをジッと見つめるアイオリア様が、テーブルの前に立ち尽くしていた。
どうやら、今、食べようか、食べまいか、迷っている様子だった。


「あ! アイオリアったら、私に抜け駆けして、先にお昼ご飯にしようとしているの?!」
「い、いや、そうではない! 俺はただ……。」
「何よ、食べたくて我慢出来ないって、顔してるクセに。」
「そ、そんな事はっ!」


あ、また始まった……。
これは、止めた方が良い?
止めなくても良い?


ちょっとだけ悩んだけれど、結局、そのまま放っておく事にした。
先程のような一髪触発の危うい喧嘩ではなさそうだし、こうして眺めていても、ただじゃれ合っているだけように思えてしまう。
それは、歩美さんの気持ちを知ってしまったから、余計に。


あ、そうか。
そこで、ふと気付いた。
デスマスク様が言っていたのは、こういう事だからだったんだわ。


『ヘタに深入りすンじゃねぇぞ。適度に仲裁に入って、後は適度に放置して来い。』


なるほど、鋭いデスマスク様の事。
二人の喧嘩を見て、気付いたのだろう、歩美さんがアイオリア様に好意を寄せている事を。
だから、酷い喧嘩の時は仲裁に入り、後は成るように成るから、そっとしておけ、と。


私は未だ『罵り合い』と言う名のじゃれ合いを続ける二人を、微笑ましく思いながら。
二人に気付かれぬよう、そっと獅子宮を後にした。



→第7話に続く


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