この瞳に見つめられると、いつも時間が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
世界の全てが動きを止め、ただトクントクンと高鳴る自分の心臓だけが、唯一、意思を持って動いているような、そんな刹那の時間。
窓から斜めに差す朝の光が、汗に濡れたシュラ様の黒髪に反射し、ゆっくりと額を伝って流れた汗が一滴、顎の先からスローモーションのように床に向かってポタリと落ちていく。
それが床に到達し、飛び散る雫の跡を残した瞬間、シュラ様と私は、二人同時にハッとして、動きを取り戻した。


「……シャワー浴びてくる。」


突然、その一言だけを残し、クルリと背中を向けてリビングを出て行ってしまったシュラ様。
去って行く後ろ姿をぼんやりと眺め、後に残された私は、固まったまま動けないでいる。


……嫌われてしまった、だろうか?


この一瞬、シュラ様が何か言ってくれる、もしくは、何かの行動を起こすのではないかと、ちょっとだけ期待を抱いてしまった。
だって、そんな雰囲気だったのだもの。
前にキスされた時のように、何かが起こりそうな危うい気配をヒシヒシと感じていたのに、でも結局は、何もなくて、切り捨てるように背を向けて行ってしまった。


当然かな。
シャワーを浴びる時間さえ惜しんで、様子を見に来てくれる程に、シュラ様は心配してくださっていたのに、私はといえば、それを無碍にするような行動ばかりしている。
自分では大丈夫と思っても、彼にとっては、まだ安心出来ないのだから、その気持ちを考えれば、私は大人しくしているべきだった。
寝てろと強く言われていたのだから、せめて彼が帰ってくるまでは、あのベッドの上で休んでいるべきだった。


……やっぱり嫌われてしまうわよね、こんな態度では。


無意識に大きな溜息が零れた。
こうなってしまっては仕方ない。
悪いのは私だ。
もしかしてのもしかして、ホンの小さなチャンスを逃したのも、自分のせい。
そうだ、シュラ様には好きな人がいるのだもの、これ以上を期待してはいけないのよ。


私は女官。
シュラ様が心地良い生活を送るための空間を作り、提供するのが仕事。
女としての期待なんて抱いちゃいけない。
私の想いなど、二の次・三の次で良い。


ノロノロと屈むと、シュラ様がアチコチに残した汗の雫を拭き取る。
リビング、廊下、そして打ち付けるシャワーの音が響く浴室の前。
洗濯機の中を覗くと、既に中に入っていた洗濯物の上に、汗に濡れたウェアと下着が放り込んであった。
それを見て、何故だか余計に切なくなった自分がいた。



→第4話に続く


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