春色の幸せを



「綺麗……。」


桜の雨が降りしきる中、にこやかに微笑んで振り返った綾に釣られ、シュラも穏やかな笑みを浮かべた。
まるで夢界にでも来てしまったかのような錯覚すら覚える、この景色。
視界の全てが舞い散る淡い花弁と同じ色に染められた世界では、万物のありとあらゆる物が霞んで見えてしまう程だ。
だが、シュラの視線の先で唯一、綾の姿だけは、ぼやける事も霞む事もなく、はっきりと浮かび上がっていた。


「あぁ、想像以上に凄くて俺も驚いた。だが……。」
「??」
「綾の方が、何百倍も何千倍も綺麗だ。」
「やだ、お世辞なんて……。シュラらしくないわ。」
「世辞ではない。」


正直、この圧倒的に美しい桜の下では、どんな美女も霞んでしまうだろうと、シュラは思った。
だが、綾の美しさは霞むどころか、逆に際立ってさえいるような気がするのが、何とも不思議だ。
サラリと流れる黒髪に、幾つもの桜の花弁を散らして。


「やはり綾は日本人だな。桜の景色が良く似合う。」
「そう? ありがとう、シュラ。」


はにかんで笑う綾は、手を伸ばしてシュラの黒い髪や肩に積もった桜の花弁を、優雅な仕草で払い落とした。
綾の微笑は花霞と見紛う程に美しく、そして、その分だけ、シュラの胸の中で愛しさが増していく。
まるで桜の花の妖精のようではないか。
この桜の雨が降り止めば、一緒に消えてしまいそうな、そんな儚さも併せ持つ華やかさと可愛らしさと。


「でも、シュラだって似合っているわ。ただ、ちょっと目立ってはいるけれど。」
「好きで目立ってる訳ではないんだがな……。」
「それはまぁ、そうでしょうけど……。」


黒髪に鋭い瞳をしたシュラは、スペイン人でありながら何処か日本人にも似た雰囲気を持っていて、こうして日本的な景色や雰囲気の中にいても、不思議と違和感がない。
ただ、そのスラリとした長身と、ずば抜けたスタイル、そして、見た目の凛々しさは周囲の注目を集めるには十分過ぎるくらいだ。
その場にいた誰もが、桜に見惚れるのと同じだけシュラに視線を向けてくるのが、横にいる綾にも感じ取れる。


更には、パッと人目を惹く華やかさはないが、シュラのどこか陰を纏う雰囲気は、この淡く儚い桜色の世界の中で絶妙に惹き立てられ、その魅力を増大させていた。
それが周囲の女性達はおろか、男性達の羨望の眼差しさえ集める要因になっているなどと、勿論、シュラ本人は気付いていないし、そんな自覚すらないのだが。


「サガやアイオロスに比べたら、俺などマシだろう。彼等なら、もっと注目の的になってたところだ。」
「まぁ、そうだとは思うけれど……。」


如何にも『外国人です』といった風貌の彼等なら、この幽玄なる日本の風景に違和感があり過ぎて、大いに浮いていた事だろう。
シュラだからこそ、この景色にすんなりと溶け込んでいられるのだ。





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