苛立ちと渇望



見上げる空の色が、こっくりと深い橙色に染まり始めた夕方の刻限。
所用で訪れていた人馬宮からの帰路は、穏やかで温かな風に包まれていた。
冬という季節を忘れてしまいそうな心地良い風に背を押され、ゆっくりと十二宮の階段を上っていく。
今日の夕食は何にしようかな、なんてボンヤリと考えながら。


「……シュラ?」


ノンビリした思考が途絶えたのは、見上げた階段の先に見えた人影のせい。
仁王立ちする黒いシルエットの頭から伸びる二本の角のようなものが特徴的で、直ぐに彼と分かった。
そうじゃなくても、あの威圧感。
そこから見下ろされているだけで、ビシビシと鋭い視線が突き刺さってくるような気さえしてくる。


「シュラ、これから任務?」
「あぁ。先に教皇宮へ出立の挨拶に行かなければならないのだが……。」


磨羯宮までの短いようで長い階段を上り切り、擦れ違い様に投げ掛けた一言。
交わす言葉は短い。
聖衣を纏ったシュラは、お喋りを好まないから、敢えて短く済ませた。


彼の視線は変わらず階段を見下ろしたままだったが、気になったのは、その足下。
聖衣の爪先が、コツコツと石造りの床を打ち鳴らしている。
多分、本人は無意識なのだろう。
あまり話をせずに部屋の中へと引っ込もうと思っていたけれど、シュラの落ち着かない様子を見て、ついつい言葉を繋いでしまった。


「煙草でも吸ったら?」
「何故だ? 煙草など、かなり昔に止めた。お前が嫌だと言ったからだ、彩香。」
「外で一・二本吸うくらいなら平気よ。」


付き合い始めた当初、その身体に染み着いた煙草の匂いが嫌だと何気なく言ったところ、彼はスッパリと喫煙を止めてしまった。
お陰で私は快適に過ごせているけれど、何も全て止めてしまえと思っていた訳じゃない。
気分転換に吸うくらいならば、部屋の中でさえなければ気にしないのに。


「その苛々を抑えるには、効くんじゃないの?」
「煙草は止めた。元々、好きで吸っていた訳ではないからな。それに……。」


それまで、ずっと階段から視線を外さなかったシュラが、初めてコチラを向いた。
トクン。
目が合うとドキリと心臓が跳ね上がるのは、どうしてだろう。
二人で暮らすようになって、随分と経つのに、今でもこの熱の籠もった視線を受けると、心臓が早鐘を打つのだから不思議だ。


「苛立ちなど、お前を抱けば直ぐに治まる。煙草などよりも、ずっと効果的だ。刺激的で、官能的で、俺の心を隅々まで虜にする。そして、事が終わった後は、波のない澄んだ海面のように穏やかな気分になる。これは、お前だからだろう、彩香。」
「……ば、馬鹿。」


だったら、どうして今、そんなに苛立っているのよ。
コツコツと足を鳴らして、キリキリと目を吊り上げて。
そんな状態で何を言ったところで、説得力なんてない。


「デスマスクの奴が、時間になっても来ないからだ。それに今夜は任務。お前を抱けない。むさ苦しい男と一晩を過ごすと思えば、苛立ちもする。」
「だから、一本くらい吸ったら良いのに。我慢は良くないわと言っているのよ。」


倦怠期もなく、マンネリになる事もなく、今でも情熱的な言葉を囁いてくれるのは嬉しい。
でも、その不必要に溢れ出る色気を、少しは抑えて欲しいものよね。
じゃないと、私の心臓が先に音を上げてしまいそうだから。



貴方の苛立ち防止薬



(あ、デスさんが来たわよ。)
(遅過ぎる。全く、アイツは……。)
(お願いだから、任務前に流血沙汰は止めてね。)



‐end‐





性豪山羊さまの苛立ち防止は、勿論、夜のアレという話(爆)
と言いつつ、全然、防止になってないという話(苦笑)
多分、蟹氏は任務中に何度か斬り付けられると思います。

2015.01.25



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