そらにうかぶしろ
さて、厄介なことになった。マゴイチは内心苦い顔をした。どこからか流れ始めた噂。海の外と謳われてしまえば、ナマエやナマエの持つナックラーを狙う連中が出てくるだろう。治安の悪い場所ーーブショー達の目の届かぬ場所では、人売りもいればポケモン売りもいる。それに、どこぞのブショーリーダーが狙う可能性もあった。うつけ者と言われていた、ランセの異端とか。
「マゴイチさん?」
「ん? あぁ、どうした?ナマエ」
「カネツグさんが、おしろにこないかって」
ナマエが眉尻を下げてマゴイチを見下ろした。マゴイチはカネツグを見る。
「どうせ今日中にツバサの国にはつかんだろう。野宿するよりはマシだと思うが」
「……いや、だが、しかしだな、」
「なにかあるのか?」
「――あら、カネツグ、何をしているのですか?」
聞こえてきた声に、マゴイチは少し顔をしかめたが、すぐに元の表情戻った。そして、そちらを見る。
「これはこれは……氷の女神じゃないか」
「マゴイチ……」
そう少し呆れたような目を向けたカネツグに、ナマエは女性とマゴイチを見比べる。おしりあいですか、と尋ねればユキムラが「ゲンムのブショーですよ」と教えた。そのまま女性――アヤゴゼンを見たユキムラは口を開く。
「こんにちは、アヤ殿」
「ユキムラとマゴイチですか……あら、そちらは?」
そう優しく笑んだアヤゴゼンにカネツグが「噂の子です」と
「噂の……あの外国の子供、ですか」
アヤゴゼンの言葉に、ナマエはぺこりと頭を下げた。アルトマーレからきたナマエです、と言えば、ピカチュウが片手を上げて「ピカピ!」と告げ、ナックラーも一鳴きした。彼女は「あらまぁ、礼儀正しい子達ですね」と告げる。
「私はアヤゴゼン。ゲンムの国のブショーです。噂は本当なのですね。こんなに幼いのに、可哀相に」
そうそっとナマエの頭を撫でようとしたアヤゴゼンの手をスルリとマゴイチは掻っ攫うと「俺にも構って欲しいところだな、女神」と口を開く。アヤゴゼンはその手をスルリと離す。
「……長旅は疲れたでしょう、城でお休みなさい」
「いいや、女神。悪いんだが、ユキムラはゲンムに用事があるが俺たちがあるわけじゃない。ツバサに急いでるんだ」
「ツバサに? では、この子は……」
「いや、ツバサのブショーでもない。探し物がツバサで見つかるかも知れなくてな」
そうガシガシと頭をかいたマゴイチに、今度はカネツグが口を開く。
「だが、まだ子供だろう。俺たちとは身体の作りが違う。疲れで倒れるぞ」
「それに、まだツバサまで距離があります。夜を道で越すより、こちらにいた方がいいのでは?」
カネツグに続くようにユキムラが口を開く。それは、確かに一理あることで。マゴイチは大きくため息をついた。
その城は空中に浮かんでいた。それがどうやって浮かんでいるのかはナマエはわからない。ただ、不思議そうに――少し恐る恐る、紫色の水晶のような岩の隙間から下を見下ろしたナマエにカネツグが「あぶないぞ」とやってきた。
「ははは、不思議そうだな」
「そりゃあ、空中に浮かんでるからな」
「この紫色の岩はふゆう石といってな、宙に浮く性質を持ってるんだ」
そう説明したカネツグにナマエは「ふゆうせき・・・・・・」と言葉を繰り返して首をかしげた。ピカチュウとナックラーも首をかしげる。その様子を見たアヤゴゼンが「ふふふ」と笑った。
「こちらですよ」
そう城の中に招いたアヤゴゼンに続いてマゴイチ達は進み、ナマエは慌てたように付いて歩いて行く。城の中にいるブショー達はナマエを見てコソコソと話をすした。ナマエはその様子に、少し縮こまって視線を下に向けた。カネツグとユキムラ、マゴイチは会話に夢中だ。しかし、不意にマゴイチがくしゃりとナマエの頭を撫でた。
「ナマエ、気にすんな」
噂、とは厄介である。本人が知らない間に立ち、そして本人は好奇の目で見られるからだ。それはマゴイチもわかっている。しかし、噂が立った以上は。
ちらり、とマゴイチはナマエを見た。そして小さく息を吐く。
――この歳で慣れろって言うのは酷か。
ポンポンとマゴイチがナマエの頭を撫でた。ナマエは首を傾げ、ナックラーとピカチュウも首を傾げる。
コソコソ話はカネツグの一喝とアヤゴゼンの叱咤により止んだ。
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