じいちゃんさとした
急に景色が変わり、ナマエは目を白黒させる。先程までは町にいたのに、あっという間にその町を見下ろせる部屋にいたからだ。ナマエはしばらく固まったが、自分のそばに黄色がないことにすぐに気づく。
「ピカチュウ?」
「あ、」
ナマエの言葉に、くのいちは苦笑いした。
「ごっめーん!ナマエちん!ピカチュウ置いてきちゃったにゃ」
「!!」
「でも大丈夫、ユキムラさまが連れてくるから!」
それじゃあ、ちょこっとここで待っててね!
そう言って消えたくのいちに、ナマエは眉尻を下げた。マゴイチもいなければ、先程連れてきたくのいちもいない。移動していいのだろうか、ピカチュウを探しに行きたい。ナマエがナックラーに視線を落とせば、ナックラーはナマエを見上げる。
「どうしよう、ナックラー」
それを聞いて、ナックラーも困ったように鳴いた。このままでは、マゴイチとの約束も定かではない。心配をかけてしまう。意を決して、この部屋から出ようと思った時、閉まっていた襖があいた。現れたのは、先程のくのいちと、恰幅の良い男性だ。ナマエはびっくりして、身を引いた。
「ナマエちん、今、でようとしてたでしょー!」
くのいちの言葉に、ナマエは眉尻を下げる。ナマエにはナマエの都合があるのだ。それなのに、気づいたら連れて来られて、待っていてくれとは困る。
「まぁまぁ、くのいち。その子にはその子の都合があるんだよ」
恰幅の良い男性が、くのいちに言う。
「でも、まぁ、おことの連れが来るまで、この老いぼれと話してくれんかね?」
恰幅の良い男性が首を傾げた。目元には鬼のような仮面をつけている。その姿に少々怖がっているナマエは少し身をひきながら頷いた。連れ、というのが、マゴイチなのかピカチュウなのかははっきりしないが、どちらにせよ待った方がいいに違いない。ナマエが元いた位置に座ると、その男性もその正面に座った。
「うむ、ありがとう。で、名前はなんていうのかの?……あぁ、ワシはシンゲン。このダイチの国でブショーリーダーをやっとるよ。で、こっちは、」
「くのいちですぜぃ、ダイチの国の忍、兼ブショーやってまーす!」
「アルトマーレからきた、ナマエです」
ナマエはぺこり、と頭を下げる。ナックラーもそれに従い頭を下げた。
「ふぅむ。アルトマーレ。不思議な響きよ。やっぱ、くのいちの証言は本当だったようじゃな」
「まだ信じてくれていなかったんですかぁ?シンゲンさまぁ……」
「こういう情報は、目で見て信じたいのよ、くのいち」
「む〜……」
どうやら、ナマエのことはくのいちが調べ上げたらしい。ナマエはシンゲンを見て首を傾げた。
「ナマエはどうしてランセ地方にきちゃったのかね?」
「おとーさんと、おかーさんと、おおきいふねでりょこうしてたら、あらしがきて、うみにおちちゃった」
ナマエの言葉に、シンゲンは考える。近くに、他の地方の船は通らない。嵐もここ数ヶ月起こっていない。と、いうことは、はなれた海域からこの地方に流れ着いたことになる。
「でも、どうして、ナマエは旅をしてるのかのう?」
「うみのなかにすんでる、おおきなとりさんをさがしてるの」
「海の中に住む大きな鳥?」
「飛行タイプは空ですぜ?」
鳥、といえば飛行タイプだ。飛行タイプは海の中には住んでいない。シンゲンとくのいちが首を傾げたのを見て、ナマエは言葉を続ける。
「うみにおちたとき、おおきなとりさんのかげをみたの」
「その鳥がランセまで運んでくれたのかのう?」
「わかんない。つぎ、きづいたら、おふとんのなかだった。でも、なきごえはわかるよ!」
「ほう、それはぜひ聞いてみたいね」
シンゲンの言葉に、ナマエは意気揚々と横笛を取り出す。そして、あの海を思わせる不思議な音色を奏でた。
「これは、美しい不思議な鳴き声よの」
シンゲンの言葉に、くのいちは頷いた。聞いたことのない、美しいものだった。
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