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てっぽうめかみ・弐


「して、霜。孫市はどうじゃった?」

 某と、某につづいて某の兄が去った後、父上――津田氏は同じ問いを霜にぶつけた。霜はふむ、とすこし考えてから口を開く。

「姫さんのこと、凝視してました」
「凝視?」
「えぇ、姫さんが雑賀の頭領を戦始まる前にちょっと、ほんまに一瞬の間みてはったんです。それに気づいてから、そらもう。興味持ったんとちゃいます?」

 霜の返答に、津田氏はそうか、と短く答えた。霜はそれに思案する。そして、考えを巡らせた後、――あぁ、姫さんの嫁入りを考えてんのか、と理解した。某はもう十六になる娘だ。当然生娘である。引く手多数なのだが本人はまるっきりそれに興味がない。ただ、時折、夢を見ている時、寝言で「まごいちさま」と呟くことがある。時には嬉しそうに、時には悲しそうに呟くのだ。それを津田氏が何処からか聞いたのだろう。だから、こうも気にしている。
 某は確かに引く手多数だ。だが、根来衆で某を娶ろうとするものは少ない。宗教の関係もあるかもしれないが、某の通称の方が大きい。
 ――鉄砲女神。
 某は種子島家の血を引く。それだけならまだしも、某には色んなことがあったからそう付けられた。
 幼い頃から作法も何もかもきっちりとしていたのだが、あれは五歳ごろであったか。津田氏が巫山戯て某に銃を持たせたのである。もちろん、銃を扱うには幼過ぎる某にとっては、銃は重いし反動も大きい。しかし、某は見事、的に当てた。偶然だ、と誰もが思った。しかし、もう一発、もう一発と撃たせていても、的を外さず撃ち抜いた。これはもう、偶然ではない。津田氏は某が娘であることを嘆いた。そこから、誰かが鉄砲女神とつけた。見ていた人はともかく、その場にいなかったものは不本意でついた某の通称に笑った。それでも、冗談で某を鉄砲女神などと囃し立てた。十の時である。新参者で、射撃の腕が良かった男が某にこう言った。

「鉄砲女神なら、飛ぶ鳥も撃てるはずじゃ」

 某はその言葉にこう答える。

「私が鉄砲女神なら、見ずとも飛ぶ鳥を撃てるでしょう」

 後に聞いたが、自分が鉄砲女神であることを否定するつもりで言ったらしい。霜はこの頃にはもう、某に出会っていたが一度某と某の兄が飛ぶ鳥を撃ち落としているのを目撃していた。だから霜は――いや、霜だけでなく男も、目隠ししてでもできる、という意味にとったのだ。ならば、と男は某に目隠しをさせ、飛んでいる鳥の方向に銃を構えさせた。余談だが、この時某は何故目隠しをされたかわかっていなかったらしい。

「さぁ、撃ち落としてみなせえ」

 某は迷いもなく引き金をひいた。だぁん、と音がなり、一羽、鳥が落ちた。

「いかがでしょう?」

  某が聞いたが、霜も男も周りの人間も固まった。顔面蒼白である。ただ、普通であったのが某の兄だけで笑い転げていた。某が撃ち落としたのは偶然である。それを見抜いたのは兄だけだった。話を聞いた津田氏も笑い転げ、某はやはり鉄砲女神じゃな、などというものだから、某だけが不服な形で鉄砲女神という通称は根来衆だけではなくその周辺に住む民にも浸透していった。
 浸透し過ぎると、信仰になる。某は度々戦に引っ張り出され、男に劣らぬ軍功をあげ、それがまた鉄砲女神の信仰に繋がる。鉄砲女神という通称は、某の周りから男を遠ざけた。生神として、崇められているらしい。霜も半分冗談半分本気で崇めている。某が「鉄砲女神」だからこそ、根来衆の男は手を出せない。

 だからこその雑賀なのだろう。いや、津田氏は雑賀に出す気もないのかもしれないが。

「津田様、津田様、雑賀孫市殿がご挨拶にきておりまする」
「ほう、やはり来よったか」

 津田氏は目を細めた。来ることを予想していたらしい。津田氏は兵に通すように伝えると、兵はまた下がった。しばらくして入って来たのは緑色の軽装をした男だった。手には酒瓶を持っている。

「久しいな、雑賀の小僧」
「あぁ、久しいな、津田のおっさん」

 無礼だ、と叫びだしそうな兵を津田氏は抑え帰らさせた。そして、貰った酒を口に運ぶ。

「で、雑賀の頭領がどういう了見じゃ?」
「なぁに、同じ生業の顔を見に来ただけさ」
「残念じゃな、女神はもう引いた」

 津田氏がそう言えば、雑賀の孫市はあからさまに驚かせた顔をする。

「お前の目撃はわしじゃのうて、女神じゃろう?」
「暴露てたのか」
「お前の女好きは噂に聞くからな」

 それに苦笑いをこぼし、雑賀の孫市も酒を飲む。それから、また口を開いた。

「単刀直入に言うとな、」
「あぁ」
「鉄砲女神が欲しい」

 はっきりと言う男である。

「誰に鉄砲女神のことを聞いた?」
「元々噂には聞いていたが、今日、詳しくはさっき根来衆の奴らに聞いた」

 その言葉に、ほう、と津田氏は返事をする。

「して、孫市。鉄砲女神をどう思う?」
「惚れた。一目惚れだ。まったく、困ったもんだぜ」

 雑賀の孫市はまた酒を口に運ぶ。

「最初見た時は何で美女が男臭い根来衆にいるんだ、と思った。戦場に似合わないとも」
「男臭いに関しては、お前のところも人のことは言えんじゃろ。で?」
「そこで、あぁ、噂の鉄砲女神か、と納得した。見たところ、銃の腕前は確かに良いし、真剣な顔も麗しかった」
「ほう」
「決定的だったのが」
「お前が気づかなかった将を馬上から撃ち殺した時か」
「あぁ。兵に言われて振り向いた時には、もう撃たれていたからな。咄嗟に撃ったのは誰かと見た時、女神が此方から銃をおろしたところだった」
「それで惚れたか?」
「あぁ。だって、女神の加護がなきゃ、俺はとっくにお陀仏だぜ?それに、馬上からの射撃の腕、見事だったしな」
「あぁ、見事だろう。見事だろう」
「鉄砲女神なら、天下一の鉄砲撃ちに相応しい。尚且つ美人だ。天下一の鉄砲撃ちで色男に相応しいだろ?」
「天下一の鉄砲撃ちで色男?そんな男がどこにいる?」
「あんたの目の前にいるぜ」
「なんだ、お前か。孫市」
「なんだってなんだ」
「鉄砲女神はお前のことを、銃の腕前はさすが、じゃと」
「!それは嬉しいぜ」
「じゃから、やらん」

 雑賀の孫市は一拍おいて、はぁ?と首を傾げる。

「お前については鉄砲の腕前と好色であるという噂しかわからんらしい。お前は鉄砲女神に興味を持ったが、鉄砲女神はお前に興味はなさそうじゃったのう」
「じゃあ、興味を、好意を持たせるだけだ」
「そう簡単にいくものか。孫市、最後に良いことを二つ教えちゃる」

 いつの間にか空になった酒瓶を転がし、立ち去ろうとした雑賀の孫市に津田氏は声をかけた。雑賀の孫市は振り向いて止まる。

「一つ、あいつは種子島の血も引いてる。その点では噂にもなっている武勇とともにわしらから鉄砲女神と称されてもおかしくはない」
「種子島、それは本当か?!」
「嘘をついても意味はないじゃろう。二つ目。これが重要じゃ」
「なんだよ」
「女神はワシの娘よ。あれはあの容姿、武勇から引く手多数での。織田やら浅井やら武田やらからもそういう話が耐えん。だから、くれてやれん」
「……大名と同じく、娘を政治の道具にしようってか?」
「いや、よく聞け、孫市。わしは大名の元へ嫁にいかせるよりは、わしらや娘と同じ鉄砲撃ちに嫁がせたほうが良いと思っとる」

 津田氏の言葉に雑賀の孫市は驚いたような表情を浮かべた。津田氏は言葉を続ける。

「しかし、大名からのそれを断って、ただの鉄砲撃ち、よく言って地侍に渡すわけにはいかんのじゃよ」

 雑賀の孫市は言いたいことがわかったらしく、なるほど、とうれしそうな表情を浮かべた。霜も理解したらしい。顔をすこし顰めている。

「じゃが、孫市。それを行動に移す前に娘とちゃんと話せ。娘が嫌がったらそれもできん」
「撃ち落としてやるさ」

 雑賀の孫市はそう言ってその場を後にする。霜は小さくため息をついて、津田氏に向き直った。

「どういうおつもりなんです?」
「なに、さっき言った通りよ」
「しかし、ひぃさんを盗ませるんでしょ?」

 そう、津田氏が先程雑賀の孫市に言ったのは暗に「某が欲しければ某を盗め」ということだ。津田氏は霜の言葉にまた口を開く。

「某が孫市を気に入れば、な。某は孫市と会ったことがないじゃろう。某の反応と孫市の反応を見る限り」
「えぇ、」
「なのに、あいつはたまに寝言で孫市を呼ぶ。何かの縁を感じるしかないわい」

 津田氏の言葉に霜はすこしだが納得した。何か奇妙な縁でもあるのだろう。かたや、鉄砲女神と称される娘。かたや、天下一の鉄砲撃ち、と自負するだけの実力を持つ男。似合っているかもしれない。いやいや。似合わない。
 そんな心中を映し出したかのような霜のしかめっ面に、津田氏は笑った。

「なに。今すぐやるわくやない。今しばらく娘はお前のもんじゃ」

 津田氏のその言葉に、霜はしばし動きをとめるのであった。

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