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てっぽうめかみ・壱



「――某、某、」

 肩を揺らされ起こされる。目の前には髭面の男がいた。私は欠伸をひとつ零し、髭面の男に向き直る。

「おはようございます、父上」
「おはようなんて悠長なことを言ってる場合か。もうじき戦じゃ。シャキッとせい」
「はい、」

 返事をすると髭面の男――父上はまた他の兵達の方へと足を向けた。私は銃――というよりは銃剣、なのだが――をしっかりと持ち直す。

「姫さん、姫さん、よお眠ってはったな。顔笑ってたで?いい夢でもみたか?」
「いい夢かどうかはとりあえず、懐かしい夢を見た」

 そう、あれは懐かしい夢だ。昔の夢。でも、今生のことではない。所謂前世の夢だ。私には「死んだ」記憶がある。極楽や地獄というものがあるなら、この世界はどちらかに属すのだろうか。間違いなく、地獄だろうなという浮かんだ考えに鼻で笑う。普段から信心を持たないくせにこんな考えをしてしまうとは。隣の男が首を傾げたが、誤魔化すように口を開く。

「雑賀の頭領はまだ来てないのか」
「いや、もうきてはるやろ」
「姫さん、姫さん、雑賀の頭領はあそこや」

 もう一人の兵が指をさす。指を指した向こうには八咫烏を掲げた旗と何十、いや、百数十もの銃を持った兵。その中でも目立つ、緑色の軽装の男がいた。雑賀の頭領。雑賀孫市。夢の中の人物と同じような位置、同じ名の男。男はこちらを振り返り、驚いたような表情を浮かべた。何故驚く必要がある。私は顔をそらし、戦場を見つめた。今回は雑賀衆と根来衆が同時に雇われる、という一風変わった戦である。かたや、雑賀衆――雑賀党の雑賀孫市率いる鉄砲兵が百三十。根来衆の津田氏――某の父が率いる鉄砲兵が百。もちろん、その百の中に某もいる。相手には可哀想だが天下一、二を競う鉄砲隊の二つが同じ勢力についている。はっきり言って、もう、勝ち戦だ。戦う前からわかりきっている。しかし、相手がたは鉄砲の恐ろしさを感じていないらしく、いや、逆に諦めてかもしれないが、降伏をする様子もなかった。あきれたものだ、と父上がぼやいていたのも覚えている。まぁ、それが敵側にいったのか、雇った方にいったのか定かではないが。
 そうこうしている間に法螺貝が吹かれ、わぁわぁという声が上がる。戦が始まったらしい。人間が駆ける音、馬が駆ける音、武具のガチャガチャした音が耳に入ってきた。

「撃て!」「撃て!」

 父上と雑賀の頭領の声が被る。それと同時に火が吹いた。だぁん、と言う音ともに兵達が倒れる。先に撃った人物に変わり某も銃を持つ。狙いは兜をかぶった馬上の男だ。また、撃て!という声。引き金を引く。だぁんと言う音と共に、兜をかぶった男が倒れた。それを何十か繰り返しているうちに、誰かが
「乗り込むぞ!」
 と叫んだ。根来衆ではない。雑賀の頭領である。その言葉に根来衆は一瞬動きを止めた。が、先手を取られた父上は苦虫を噛み締めたような顔で「雑賀に遅れをとるな!」と叫んだことで、また銃を構えるものや雑賀と同じく敵陣に切り込むものが動き始めた。

「某、馬に乗れ」

 父上に急かされ、馬にのる。すると、何時ものように周りが騒ぎ出した。

「姫さんが出るぞぉ!」
「続け続け!」
「鉄砲女神の出陣じゃ!」

 その声に舌打ちをしたくなったが、そうも言ってられないらしい。父上の鋭い眼光が飛んできた。私は馬の腹を蹴り戦場を駆ける。雑兵を銃剣で蹴散らしていると雑賀の頭領が見えた。腕前はさすが、の一言につきる。が。

「気づいてないのか?」

 雑賀の頭領の斜め後ろ。雑賀衆と雑賀衆の隙間。某からみたらほぼ横だ。兜を被ったそれは雑賀衆ではない家紋が入っている。敵である。何故、気づかないのだ。仕方なく、馬上で銃を構えた。

「姫さん、何処狙っとるん!?」

 男の言葉を無視し、引き金を引く。だぁん、という音と雑賀の頭領に兜を被った男が襲いかかったのは同時だった。雑賀の頭領が振り向いた時には男は赤い花を咲かせ、倒れる。雑賀の頭領がこちらを見たが、その時にはもう某は違う獲物を探していた。

「さすがじゃ、さすがじゃ」
「ひぃさんはやはり鉄砲女神じゃ」
「ありがたや、ありがたや」
「拝むな。誰が鉄砲女神か。鉄砲女神ならこのあたりの敵将全部討ち取っちゃる」

 囃し立てる兵達にそう返すと兵達が笑う。雑兵をかったり、将を撃ったりしながら馬を駆けさせているとまた法螺貝が鳴った。誰かが大将を討ち取ったのか、それとも逃げたかわからないが、戦が終わったらしい。

 今日も生きていた。
 ふっと息を吐き、引き上げる。陣まで帰れば、血に汚れた兵達が出迎えた。お疲れ様、と言われ同じ言葉を返す。そして、馬を降り、ゆっくりと歩いて父上の元へ行った。父上と父上によくにた男が私を見る。

「お疲れ様、某」
「お疲れ様です、父上、兄上」
「怪我はしとらんか?」
「はい、大丈夫です」
「お前も大丈夫か?霜」

 霜、というのは私の付き人のような武士である。霜というのは氏で、兄と同い年。鉄砲の腕はまぁまぁといったところだ。霜は父上の言葉に笑顔を浮かべて答える。しかし、疲労が隠せていない。

「はい。でも、姫さんが雑賀の方へ銃を向けた時は冷やっとしましたわ」
「あれか。あれはわしも肝が冷えたわい。よく見えたもんじゃな」
「見えないのが不思議です」
「はははは」

 父上と兄上が笑う。

「某も、いうようになったのう」
「して、某。孫市はどうじゃった?」
「腕はさすが、としか」

 話しても対面していないのだ。それ以上の評価のしようがない。

「孫市は好色らしいの」
「そうなのですか」

 ちらりと頭によぎる同名の男。あいつも好色だった。しかし、前の世とは違い、今は関係がない立場である。父上は私に何を求めているのか。考えるのが面倒なため、思考を放棄する。

「父上、お引きしてもよろしいですか?すこしばかり、疲れました」
「あぁ、今日はゆっくり休め。明日には帰路につくじゃろう」
「帰路、ということは大将を誰かが?」
「雑賀の孫市じゃよ。してやられたわ」

 そういう父上の顔は何処か楽しそうである。私はそうですか、と返し、血を洗い流すべく女中のいるだろうところへ足を運んだ。


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