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こいしきみのゆめ


 「見えるぞよ、見えるぞよ」

 聞こえてきた声に下を見る。下には男がいた。いや、男というには若い。十六、十七そこらだろうか。その男が此方を見てにやにやと笑っていた。自分の足元を見る。着物がはだけていたらしい。着物を直しながら、男に向き直る。

「うそ」
「なかなか。ちゃんと見えちゃらな」
「見えませぬよ」
「見えちゃらな」

 男は木の下に、どっかりと腰をおろしてなお見上げていた。ムカつく男である。私はここにいる男を知っている。若様だ。ここらの城の若様である。

「若様、」
「なにかや?」
「そこをおどきください」
「なんの、こんなよい観物が木の上になっておるのに退けるものかよ」
「退かぬと酷い目にあわせまするぞ」

 丁寧にそういえば、「どうあわす」と顎を突き上げて上を見ていた。本当にムカつく男だ。

「あはははは、どうあわすのじゃ」

 さて、どうあわせるか。参ったものである。口ではいえるものの、いざ、となればどうすればよいかわからない。しばし思案した末に、私は少々きたないが若様に小水をかけてやった。いや、なに、本当に小水をかけたわけではない。偶々手に持っていた竹筒に入った薄い茶を若様にかけただけだ。若様はひゃ、と飛びのいたが顔から肩にかけて濡れてしまっている。私はカラカラと笑う。

「ふふふ、安心してくださいまし。唯の茶でございます」

 かつん、と竹筒を若様の近くに落とせば、若様はカラカラと笑い出す。

「おもしろき女子じゃ」

 木の上から飛び降りようと枝をければ、若様が驚き、私を受け止めようとしたらしい。その行動を私は予測しておらず、私は若様の上に落ちた。痛みを感じるはずが感じない。

「も、申し訳ございません」

 慌ててのこうとしたが、それを阻止される。また笑い出す若様に私もおかしくなって笑い出す。

「まことにおもしろき女子じゃ」

 そう言ってまたニタニタと笑う。

「よき、眺めじゃのう」

 そう言われて、思わず思いっきりデコピンをしてしまう。あでっ、という声が聞こえた。私はまた退こうとするが、若様がそれを許さない。

「若様、お離しくださいまし」
「わしの名は鈴木孫一」
「はい、わかっておりまする」
「お主の名は、なんという?」
「私、ですか?私は某と申します」

 若様は満足そうに笑うと、がばりと起き上がり今度は私を押し倒した。

「某。わしと共に――」


 音声がぷつり、と途切れた。


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