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よにおふさかのせきはゆるさじ・壱


 天生四年の初夏の頃、である。

「おはつにおめにかかります。津田鑑物が娘、某でございます」

 そう言って自らの主君に頭を下げた女子に、秀吉は目を瞬かせた。根来衆という雑賀とはまた違う、でも同じような存在。主君が鉄砲を自在につかう傭兵を雇い入れたことは彼も知っている。彼女のそばにいた男がその根来衆の頭領だということも、だ。だからこそ、その隣に彼の友人の、孫市の小姓がいるのだろうか、と顔をしかめてしまった。そっくりなだけかとも思った。しかし、主君の声に顔をあげたそれは正しくあの小姓の顔である。

「お前が鉄砲女神か」
「いえ、」

 主君――織田信長の問いかけに某は首をふった。

「私は女神などではありません。ただ、根来衆の皆がそうつけたのも事実です」

 真っ直ぐとした目で告げた某に、信長はクツクツと喉で笑った。是非もなし、と彼らしい言葉で彼女の言葉に答える。

「某よ、何故お前は戦場をかける?」
「雇われたからです」

 きっぱりと言い放った。

「私達には正義を掲げることはできませぬ。ただ、雇われて戦場を駆けるだけ。そこには正義も理屈もない。戦がなくなれば、みな普通の僧に戻りましょう」

 某は、雑賀なら違うのだろうとぼんやりと思う。秀吉も、雑賀とは違うのだな、と思った。すくなくとも、雑賀衆には、孫市には正義がある。
 信長はまた、是非もなし、と答えると津田鑑物と共に下がるように命をくだした。 言われた通りに某と鑑物が下がると、先ほどまでいた部屋はすこし騒がしくなっていた。某はそれに目を細めるが、津田氏は逆に笑う。

「信長公相手に、よう言い切ったな」
「あやふやな回答をするよりマシでしょう」
「ああ、そうじゃな」

 何気ない話をしながら、廊下を歩けば後ろから「鑑物殿、某」と声がかかり二人で振り向く。そこにいたのは紛れもなく羽柴秀吉だった。

「これはこれは、秀吉殿。如何なされた?」
「いやぁ、」

 そう言って某のほうに視線を向ける秀吉に某は頭を下げる。

「お久しぶりでございます、秀吉様」
「やっぱ、某か?……孫市はどうした?というか、鑑物殿の娘って、お前、男じゃないんか?」
「……」

 秀吉は某に疑わしげな目を向ける。さしずめ、間者であると考えているのかもしれない。 某は父である津田氏に目を向けた。


「秀吉殿、某はちょっと色々あってな、小姓として孫市に雇われとったんじゃ」
「色々?」
「おん、賭けみたいなもんでな」
「賭け?」

 首を傾げた秀吉に津田氏は笑った。某はすこし顔をしかめたが何を言わない。

「おん、鉄砲女神をかけた賭けじゃ」
「ほう」
「父上、それは初耳です」
「なに、某。これは例えじゃ。実際、もし孫市がお前を落とせてたらお前は雑賀に嫁についどったやろうし、根来にも帰ってくるかもわからんかった。賭けじゃ」

 津田氏の言葉に某は顔をまた顰めたが、何も言わなかった。秀吉が口を開く。

「なら、孫市は負けたんか?」
「いや――」
「いや?」
「まだ、本当の勝負はついとらんと見える」
「父上!」

 某が声を荒げた。

「何を言って、私は根来に骨を埋めると、」
「……まぁ、本人はこう言っとるけどな」

 肩をすくめてみせた津田氏に、某はむっとした表情を浮かべる。秀吉はそれを愉快そうに笑ってみせた。が、不意に真剣な声色になる。

「某、今回の戦は孫市は敵になる。大丈夫か?」
「秀吉様、私はそういった情は持ち合わせていません。私は傭兵です、敵となれば戦います」
「そうか、なら、死ぬなよ、某。孫市は滅多な事では死なん。お前が死んだら俺は孫市に合わせる顔がない」
「……私が死んだとて、孫市様は新しい女子を見つけるでしょう」

 ぽつり、と呟かれたそれ。秀吉と津田氏はきょとんとした表情を浮かべる。某は失礼します、と足早にその場を離れた。


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