ねごろしゅうがため・三
「なんや、霜。嬉しそうやな」
某が出て行った後、津田鑑物は隣にいた男ーー霜に目をやる。霜は驚いたように「そうですか?」と尋ねた。
「おん、嬉しそうな表情や。某が帰ってきたのがそないに嬉しいか?」
「いやぁ、妹分ですからね。そら久しぶりに顔観れて嬉しいですよ」
そう答えた霜に、津田氏はそうか、と答える。霜――正式な名は霜重盛という男は、少年の頃より根来寺に行き来し、今では根来で五本指に入る実力の男だ。某に言わせてみれば、僧の癖に女好き、という男であるが、某の兄とも仲が良く、また、津田氏が信頼する一人として某の護衛を任せていた男でもある。某の兄が負傷してしまった今、根来衆の二番手は彼だ。
「しっかし、あの雑賀の頭領で落ちひんなんて、流石の姫さんやな」
「アレで落ちんのなら、お前にも落ちん」
「なにいってるんです!?」
「冗談や、霜」
カラカラと笑う津田氏に、霜は小さく「冗談に聞こえへん……」と呻く。津田氏はそれさえも面白そうに笑うと、また、旧に真面目な声色で呟いた。
「孫市め、無理矢理でも引きとめればよかったものの」
「え?」
「某は自覚ないだけじゃ。そりゃ長年連れ添ったらそういう感情も芽生えるやろ」
「津田様は連れ去られてほしかったんで?」
「おん」
「何でです?」
「某を織田にいかせなあかんかもしれんからや」
眉を潜めた津田氏に、霜も一泊おいて顔をしかめた。
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