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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






ねごろしゅうがため・弐


 某の愛馬は真っ黒な毛並みを持つ。名は絶影。三国志の名馬から取られたその名の通り、絶影は名馬だった。これは祖父である初代鑑物から貰ったもので、気性は大人しく足が早い馬だ。
 雑賀衆と根来衆は同じ紀伊国に属している。雑賀衆が紀伊国の北西部なのに対し、根来衆は紀伊国の北部だ。歩きでは時間がかかるが、馬を飛ばせばさほど時間はかからない。 某が馬を飛ばし、根来衆の領についたのは夕刻の頃だった。黒い馬を携えて現れたその人物に、その顔をよく知るものは瞬きをする。

「ひぃさん?」
「久しぶり」
「な、な、こりゃあ、えらいこっちゃ!」

 一瞬である。
 某が皆に挨拶をしたら、鉄砲女神が帰ってきたぞ、と雄叫びを挙げられ父の屋敷に知らせを入れられる。そして、その騒ぎを聞きつけた霜が現れたのはすぐのことだった。

「姫さん、すぐ帰って来てくれるんは嬉しいけど、知らせくらい入れて欲しいわ」

 頬をかきながらのそう言った霜に某はむっと顔をしかめた。

「すぐに帰って来て欲しいと言ったのは誰?」
「おん、俺やな」
「……見ない間に年をとったね、霜」
「そういう姫さんは見ない間に活発になりはったようやね。その格好」
「父上が男装しろ、と言ってたから」
「まだつづけてはったん?」
「?わるい?」
「いーや」

 ニコニコと笑う霜に某は首を傾げる。実家でもある津田鑑物の屋敷にたどり着けば、「頭領に話とおってるさかい、着替えてからおいで」と某が使っていた部屋に押し込まれてしまった。


 某は大切に保管されていたのだろう部屋を見渡す。帰ってくることなどなかった部屋は埃一つかぶっていない。着物を手に取る。色鮮やかなそれは、ここ数年無縁だったものだ。淡い桜色をしたそれに腕を通し帯をつけ、紅をひく。本来なら当たり前のはずのその動作に懐かしさを感じて某は呆れたような笑みを浮かべていた。
 一通り準備が終わると、 父の部屋へ向かった。

「父上、某でございます」
「おう、入れ」

 聞こえてきた返事に某は襖を開けた。津田鑑物と、霜が座っている。霜が息を飲んでいたが、某は気にならなかった。歳をとってしまった父に気を取られていたからだ。

「某、久しいな、何年ぶりになる?」

 そう懐かしそうに笑む父に某は申し訳なくなった。某はそうですね、とあやふやに言葉を返す。

「すまんな、某。呼び戻して」
「いえ」
「雑賀の小僧はいいのか?」
「孫市様ですか?」
「あぁ、孫市だ」
「孫市様と帰ってきたことは関係ありません」
「ほう」
「……私は何とも思っていませぬ。父上は何をお望みか」
「さようか、だが、孫市は残念がってるだろうけどな」
「……彼ならすぐに変わりを見つけるでしょう」
「ほう」

 津田鑑物は目を細めた。某はその話題を避けるように口を開く。

「して、父上。何の御用でしょうか」
「織田に雇われた事はしっとるな?」
「ええ、兄が負傷したことも」
「そうか、なら話は早い。隊長格の頭が足りなくなった」
「なるほど」
「それに、秀吉公がお前に是非会いたいと」
「秀吉?」
「あぁ、鉄砲女神の異名を聞いてな。足軽上がりといえど将だ。聞く他はない」
「秀吉、羽柴秀吉公ですか?」
「なんじゃ、知り合いか?」
「孫市様の小姓時に少し……」
「男やと思っとるんか?」
「はい」
「ばらすしかないな」
「はい」
「して、某よ」

 不意に津田氏が某を見つめた。真剣な目だ。

「我らにつけば、孫市を、雑賀衆を敵に回すことになるぞ、いいのか?」
「……何をおっしゃいますか。そのような覚悟はもうとうに」

 某はすっと頭を下げた。

「津田某、根来衆に生まれたからには根来衆に骨を埋める気でございます」
「……さようか」

 某の言葉に帰ってきた返事は悲しげな返事であった。


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