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ねごろしゅうがため・壱


 ――父である津田鑑物が、織田信長についた。
 その知らせが某に届いたのは、天生四年の春のことだった。

 津田太郎左衛門鑑物、正しくは津田算正という男は、雑賀衆と並び称される傭兵集団である根来衆の頭領である。その父が織田信長についた。それは完成しつつある信長包囲網に雑賀衆が雇われてしまったがため、その抵抗手段であるのかどうかはわからない。しかし、それは某に困惑を与えるのは充分なものだった。
 ――某は今だに雑賀衆にいる。
 一年であった契約はいつの間にか増えており、そして、最初はあまり気の乗らなかった某も、孫市とすっかり仲がよくなっていた。今や二人の関係は恋人、と呼ばれるその関係のようで、また、相棒と呼ばれる関係のようでもある。前者にいたっては、どちらかが告げたわけではない。というのも、孫市は某に愛を囁くが、それは他の町娘に対してもそうだし、某も某で自分の想いにあまり気づいていない。ただ、町娘を口説く孫市にむっとするくらいだ。そして、某は時たま、そんな「孫市」と前世で恋人であった「孫一」を無意識に重ねている。孫市と、そんな変な関係にいる某の元にそれを知らせる文が届いたのだ。
 差出人は父ではない。霜と呼んでいた男だ。文の内容は、父が織田信長についたこと、根来衆の今の状況、そして、帰ってきてほしい、という内容である。丁度孫市との契約がきれる年である。某は文を握りしめて、孫市の元へと向かった。

 ――根来衆に戻らなくては。

 兄が負傷したと聞いた、銃を上手く扱える人が減ったとも。これでは父や霜の負担が増えてしまう。
 自分がいなくなっても、元から銃の扱いが上手い孫市がいるのだ。雑賀衆は上手くまわる。孫市は孫市で、あの調子なら自分ではない誰かにすぐに惚れるだろう。そうすれば、自分への執着はなくなる。
 某はそんなことを思いながら、孫市の自室へ入る。孫市は雑務をしていたようで、此方をちらりとみやった。

「どうした?某」
「孫市様、私は根来に戻ります」
「は?」

 顔を顰めて筆を止めた孫市は、某に座るように促した。孫市の顔には困惑が見える。

「どういうことだ?」
「根来衆が少し大変そうなんです。今日、文が届きました」
「津田のおっさんが倒れたか!?」
「いえ、父ではなく兄が負傷したそうです」

 某はわざと根来衆が織田信長についたことは伏せた。言う必要がないからだ。

「なら――」
「根来衆から、帰って来いと。だから、帰らせていただきます」

 某がきっぱりと告げる。孫市は目を見開き、何かを告げようとするがその前に某が席をたった。

 某が出ていった後、孫市はため息をつく。
 ――撃ち落とした、と思っていた。某は少なくとも孫市に好意を抱いているような気はしたのだ。町娘を口説く自分に嫉妬するくらいは。だが、某にとっては根来衆の方が自分より優先されるらしい。外れてしまった思惑に、孫市はきゅっと眉をひそめた。追いかけてもいいが、追いかけたところで某の意思は変わらないだろう。

「おしてダメなら、引いてみろ、か」

 孫市はポツリと呟く。
 そう、根来衆が落ち着いたころにまた顔を出せばいい、もしかすれば、某が自分から戻ってくるかもしれない。そう孫市は自分に言い聞かせた。


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