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あねかわがっせん・弐


 姉川合戦。
 または野村合戦とも呼ばれるそれは、近江浅井郡姉川河原付近でおこなわれた戦である。一説によれば、三万の浅井・朝倉軍と四万の織田・徳川軍が対峙した戦だ。
 そんな戦に秀吉に雇われた孫市率いる雑賀衆も参加していた。戦闘は中々激戦であり、血の臭いが酷く漂っている。某は最初こそは孫市と共にいたが、不意をつかれて分断されてしまった。面倒なことになったな、と某はため息をつく。分断されたのは某とたった数名の雑賀衆。この激戦では飛んできそうな孫市も来ないだろう。さて、どうしようか。迫ってきた敵を倒しながら考えていれば、不意にそばにいた敵が倒れた。某は銃を構え、あたりを見渡す。随分後ろから狙撃したらしい。聞こえてきた馬の足音に、某は顔をしかめた。味方が撃ったのか、敵が間違えて撃ったのかわからないからだ。

「某!無事か!」

 聞こえてきた声に某は銃を下ろした。湧き上がってくるのは呆れである。戻ってこないと踏んでいたのに、とか、何を戻ってきているんだ、とか、この激戦でやることは他にあるだろう、とかそういうものだ。

「えぇ、無事です。貴方は何で戻ってきたんです?」
「そりゃ、女神を救うためだ」
「他にやる事があるでしょう?」
「いや、もう戦も終わる」

 孫市の言葉に某は首を傾げた。しかし、「撤退だー!」だの「逃げろー!」という声が聞こえて某は納得する。

「激戦の上に、ここがちょっと離れてたからな。だから相手の撤退も遅れたんだろ」
「なるほど」
「さぁ、秀吉のとこに行くぜ」

 手を差し出した孫市に、某は躊躇した。相乗りをしろ、ということだろうか。小姓としてここにいるのだから、それはどうなんだろうか。中々手を伸ばさない某に孫市が首を傾げたが、直ぐに笑って手を無理矢理取られる。

「う、わ、」

 引き上げられ乗せられた馬に、某は羞恥心が込み上げた。 なぜ、親と子供のような相乗りではなく、どこぞの姫がされるような相乗りなのだろうか。 しかも、それで陣まで戻るとみた。某は片手で顔を覆う。そして、深くため息をついた。孫市はそれを不思議そうに見たが直ぐに笑った。 某の耳が真っ赤だったから、だろう。

「くそう、ここで諦めてたまるか!死に花を咲かせてやる!」

 不意に叫ぶような声が聞こえた。後ろからだ。孫市は気づいているが、某を支えているがため動けない。眉を顰め、馬のスピードを上げる。相手が騎馬ならば有効な手段である。某は孫市の肩越しに後ろを見た。――相手は弓である。

「孫市様、おかりします」
「おい、某?」
「相手は弓です。貴方は手綱を」
「わかった」

 孫市の持っていた銃をかり、馬にちゃんとまたがる。といっても、孫市と対面する形だが。 なりふり構っていられないのが現状だ。某は孫市と密着すると、そのまま器用に銃を構えた。孫市が一瞬息を飲んだが、茶化してられないのか某を固定するように腰に手をまわす。安定していない場所だが、孫市の手により普通の騎乗射撃よりは安定がいい。照準を合わせ、息を吐くのと同時に引き金をひく。
 轟音と共に倒れた敵に、矢が飛んだが見当違いな場所にいった。

「流石だな、女神」

 銃を下ろし離れようとした某に、孫市は満足そうに笑い――引き寄せた。

 感触を楽しむようなそれに、某は顔をしかめる。

「孫市様、」
「どうしたんだ?某」
「お離しください」
「嫌だっつったら?」
「どうでもいいですが、このままでは貴方に男色の噂がたちましょう」

 某がそう言えば、渋々とした様子で離される手。某が孫市から離れ器用に正面を向くと、孫市は不貞腐れたような表情を浮かべた。

「……何はともあれ、この戦、勝ち戦でよかったですね」
「当たり前だろ?鉄砲女神と雑賀衆がついてたんだからな」

 そう笑った孫市に某も「私は女神ではありません」と返答し、少し笑みを浮かべた。


 こうして、某が孫市の「小姓」として参戦した最初の戦は終わった。激戦となったこの戦は浅井・朝倉軍に多くの犠牲を与えたのだった。
 ――元亀元年6月28日のことである。


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