×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






さいかそうこく・弐

 孫市に連れられ雑賀の城に戻れば、また数人よって来た。どうやら孫市が小姓をとった、という話がもうここまで来ているらしい。親近的なもの、某を訝しげにみるもの様々だ。廊下を登り、天守につくと重鎮らしい老将や将が座っていた。某はすこし、戸惑い孫市を見る。孫市は某の肩をだいたまま、またせたな、といって一番いい席に座り、某もその隣に座る。孫市は雑賀の中でも比較的、いや、比較しなくても若いらしい。
 雑賀衆とは複数の地域から成り立っている。雑賀荘、十ヶ郷、中郷、南郷、宮郷の五つだ。それぞれに頭がおり、その中でも指揮権が高いのが雑賀の頭領――雑賀孫市なのである。組織のつくりが寺を主におく根来衆とはまた違う。孫市がふらふらと長旅に出かけても大丈夫なのは、他の四人がしっかりしているのでは、などと某は思った。右斜め前に座る、すこし若めの男が某を睨みながら口を開く。

「孫市、それが件の小姓か」
「噂がまわるのはやっぱ早いな」
「間者ではないのか」
「おいおい、失礼なこというなよ。女神が機嫌損ねて帰ったらどうするんだ?」

 男達が固まった。
 ぴたり、と動かなくなったと思うと某を上から下までジロジロとみる。品定めされているようで居心地が悪かったらしい。某はそういう視線に慣れていないらしい。今度は某が固まった。

「女神、とは根来の鉄砲女神のことか」
「いや参った、鉄砲女神が雑賀についてくれるとは」
「先の戦、見事であった。お主が撃たなければこの阿呆はこの世にいまい」
「しかし、孫市。根来の鉄砲女神をどうやって手に入れた?」

 疑わしい視線を向けていたのが一転、親近的な雰囲気になる。視線は孫市に向き、某はふっ、と息をはく。

「雇った。傭兵としてな」

 孫市の言葉に四人の将が噴き出した。

「はははは。これは傑作、まさか傭兵である我らが孫市が傭兵を雇うとは!」
「いや、一年後には雑賀衆にして見せるさ」

 某が自分に惚れることに、自信満々である。某は誰が惚れてやるか、と思った。

「どういうことだ?」
「一年で女神を落とせれば、女神を娶れる」
「ほう、やっと腰を落ち着かせる気になったか、孫市」
「しかし、あの女神ならその価値があるぞ」
「価値以前に、女神に惚れた。それ以外の他意はないぜ?」
「ほう」

 男達が興味深そうに笑い、某のほうを向く。

「して、女神。名は何という?」
「はい、私は某。津田某と申します。未熟ものですが、どうぞこの一年間よしなに」

 手をつき、上品に、深くお辞儀をする。

「津田というと、監物殿の?」
「娘でございまする」

 某の言葉に男達がまた固まった。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔である。男達は、監物殿に似ていないな、とか、よく孫市の元へいくのを許したものだ、とか口々にした。孫市は立ち上がると、某に手を差し出し立ち上がらせた。

「明日から某連れて大坂いってくる」
「まて、孫市。羽柴秀吉公から書状がきておるわ」
「秀吉から?! 」

 孫市が奪うように男から書状をとる。数秒としないうちに全て読んだらしい。顔をあげると、先程の巫山戯た表情でなく真剣な顔だった。

「秀吉から依頼だ」
「戦か?」
「あぁ。どうやら、朝倉と浅井と戦するらしい。悪いな、某。大坂行きはまた今度だ」
「別に構いませんが……」
「女神はおいていけ」
「いえ、私も行きます。私は小姓として貴方に雇われた以上、貴方を守る義務がある」
「……置いてって、爺さんやらおっさんに手を出されちゃ困るからな。それに、女神がいれば百人力だ。でも、」

 すこし困ったような笑みを浮かべ、孫市は私の頬をなでる。

「死ぬような無茶はしないでくれよ?」
「……御意にござります」
「よし、そうと決まれば、明日にでも向かうか。……あぁ、後、某が女神であることは伏せておいてくれ」
「何故だ?」
「女神が美しいから、女が寄り付かないからでは?」
「ありうるな」
「勝手に言ってろ。某は俺の小姓として雇った。色の方じゃないのは残念だが――」

 孫市は某をちらりとみる。某は呆れていた。孫市は口を蕾む。代わりに某が口を開く。

「申し訳ありませんが、父上よりさる事情で『男』として過ごすように、と命令されました。私が女であることはどうか内密にお願いします」
「女神の頼みだ、黙っておこう」

 ナマエの言葉に一番年上であろう老将が頷いた。某はもう一度深くお辞儀をする。孫市は某を連れて天守からでた。

15
prev top next