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さいかそうこく・壱


「もし、もし、」

 一人の兵が呼び止められて振り返る。そこには何処か幼さが残る少年がいた。可愛らしい顔立ちをしており、まるで女のようである。少年が口を開いた。

「雑賀の孫市様にお目通りしたいのですが、」

 凛とした声だ。すこし高い。兵はその言葉に、「ははぁ、どこかの大名の小姓じゃな」と思った。兵は近くにいた門番に伝えると話は通っていたらしく少年は屋敷に向かっていく。少年がしばらくいくと、だぁん、という音が聞こえた。誰かが銃を撃っているらしい。少年はそちらに足をむけると、目当ての人物を見つけて声をかけた。

「孫市さま、孫市さま」
「おぉ、女神!来たのか!」

 銃を傍に起き、女神と呼んだ少年を抱きしめる。少年は嫌がるように暴れたが男――孫市はそれを苦にもしなかった。

「離してくださいませ、孫市様」
「あぁ、悪い悪い。女神、その格好もなかなかだが、俺はもっと、こう、女らしい姿のほうが好きだぜ?」
「これは父上の申しつけでございます。後、女神はやめてください」

 少年はなんとか孫市の拘束をとると、孫市に向かった。

「父、津田監物の命により参上させまつりました、津田某でございます。以後、よしなに」

 少年――いや、ただしくは男装した女である某が綺麗な動作で一礼すると、孫市はすこし困惑したように、「もっと楽にしてくれていいぜ?」と言った。しかし、某は首を横に降り、「貴方は雇い主であるのですから、それはできません」と告げた。

「それも津田のおっさんからの申しつけか」
「いかにも」

 孫市はしばし思案したが、まぁいいか、と某の肩をだく。某はすこし顔を顰めたが、そのまま連れられるように屋敷をでた。

「どこへ?」
「雑賀荘を案内しようと思ってな」
「孫市殿、孫市殿、」

 先程の兵である。

「その方は何処かの大名様の使いですか?」
「いや、俺の小姓だ」

 孫市の答えに、兵は目を丸くした。孫市はそのままいくので、一応某は軽くお辞儀をしておいた。
 集落に入った。集落には男だけでなく沢山の女子供もいる。カンカン、と鉄を叩く音と、子どもが騒ぐ音が交じっていた。根来の集落と似ているな、と某は感じた。孫市はあれやこれやと某に説明しながら歩いていく。あそこの鍛冶屋のじいさんが、とか、あそこの娘は、とかいらない情報も幾つかあるのだが某はふむふむと小まめに覚えていった。そうこうしていると、一人の女性が孫市に喋りかけてきた。

「孫市様、孫市様」
「あぁ、おかよ。久しぶりだな」
「孫市様はいつまで此方にいるのですか?」

 媚を売った女だ、と某感じた。孫市は「そうだなぁ、明日にはもう出るかもな」と返す。もう一人、女が孫市様孫市様、とよって来た。

「そちらは?」
「あぁ、某か。某は――」
「本日より雑賀孫市様の小姓としてお抱えいただいた、津田某と申します。どうぞ、よしなに」

 とりあえず、笑顔を浮かべてお辞儀をする。女達は、まぁ、と声をあげ、「可愛らしい出で立ちですこと」やら「気品がある子やねぇ」やらと口に出す。某はそれを笑って適当に相槌をうった。それを見て孫市はちょっとムッとすると、女達に別れを告げてまた歩き出す。

「随分と、女慣れしてるな、某」
「霜――身近に女好きがいまして。とばっちりを受けたくないんですよね」

 不機嫌そうに言う孫市に、某は肩を竦めて言う。孫市はすぐに思いだし、「あいつがか?」と尋ねる。意外だったらしい。

「ええ。根来では有名ですよ。何度かいざこざに巻き込まれましたからね。」

 父上が私に男装させたのも、貴方のいざこざに巻き込まれないように、とのことです。某はそう言ってからまた話を切り返す。

「して、孫市様」
「なんだ?」
「明日からここを出る、ということは何処か戦へ行くのですか?」
「いや、戦じゃないさ」
「では?」
「行くとしたら大坂か、東北のほうにまでいってもいいな」
「はぁ?」
「某はどっちに行きたい?」
「どっちって……」

 某は呆れたが、しばし思案する。大坂は堺にしか行ったことがない。東北など、自分にとっては未開の地である。孫市はそれを見て笑った。

「じゃあ、秀吉んとこに行って東北いくか」
「それでは長旅になるのでは?」
「長旅はいやか?」
「いえ、雑賀の頭領殿が長期間城を開けていいのかと」

 某の指摘に孫市はきょとんとする。今まで指摘されなかったらしい。

「今まで何もなかったんだ。大丈夫だろ」
「仕事はどうさなるのですか?」
「どうにかなるさ」

 今度は某がきょとんとした。自由な男だ、と某は感じたがどうやら大坂と東北に深い絆か何かがあるらしい。

「まぁ、小姓ですから、貴方が行くのならついて行きますよ」


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