「こんにちは」
そうにこやかに笑ったのは、同い年ぐらいの男子生徒だ。とりあえず、僕も「こんにちは」と返事をする。体操着を着ているし、体育祭に出る子なんだろう。でも、ヒーロー科ではないだろう。A組でも、B組でも見たことがない。もしかしたら、先輩なのかもしれないけれど。
「君が、えっと、ヒトトセ ヒロくんだよね?」
――トニー先生の息子の。
そう笑った彼に、ピクリ、と固まる。あのリグの暴露以来よく言われるそれである。噂はすぐに広まるものだろう。A組のみんなはそんなことはなかったが、ほかはやっぱり違って。コソコソと噂をされるようになったのだ。
「……そうだけど」
「ああ、よかった。人違いなら、どうしようかと思ったんだ。俺は1年普通科の帝江タツ」
「ヒトトセ ヒロ」
「よろしく、ヒロ」
そう手を差し伸べた彼に、手を重ねる。やけに真っ直ぐにな瞳だ。そして、彼の名は聞き覚えがあった。父親が、告げた名前だ。
――僕よりもヒーローに向いていると。
「僕も君をしってるよ」
「え? どうして」
「父親が君について話してきたんだ」
「あのトニー先生が?」
そう目を瞬いた彼に、手をするりと離して口を開く。
「うん。『僕よりもヒーローに向いてる』って」
「え? あー……」
僕の言葉に、彼は困ったように目を泳がせて頬を掻く。
「まだあの人そんなこと言ってるのかぁ」
「?」
「俺、さ。ヒーローじゃなくてS.H.I.E.L.D.の隊員になりたいんだ」
そう告げた彼はにかりと笑っていた。
――どうして。
「昔からの夢で――」
――どうして、
「昔、妹と二人でS.H.I.E.L.D.の隊員に助けられたことがあって。俺は、あの人みたいになりたいんだ」
そう真っ直ぐな目で告げた彼に、もう一度、どうして、といいいかけて、口を閉じる。
「――ごめん、僕に何か用だった?」
「ああ、ごめん。リグって子に、君にコレを渡すように言われたんだ」
そう言って彼は僕の手に何かの包を渡した。そして、帝江、と呼んだ男子生徒に手を振る。
「呼び止めてゴメンな、お互い頑張ろうな」
そう笑って彼はその男子生徒に並んだ。僕はクシャリと包を握りしめる。
――どうして、父さんは、ヒーローになりたい僕をヒーローと認めないくせに。
――どうして、ヒーローになりたくないという彼を。
「ヒロくん?」
後ろから体操服をひかれ、後ろを振り返る。後ろには梅雨ちゃんがいて、梅雨ちゃんが首を傾げていた。
「どうしたの?」
「――なんでもないよ。ただ、ちょっと考え事」
そう苦笑いをして、彼女に「控室に行こう」と告げる。首を傾げた彼女は何も言わずについてきてくれた。控室に帰ると、轟くんと緑谷くん――デクくんが睨み合っていて殺伐とした雰囲気である。どうかしたのかな? と二人で首を傾げてしまったのはしかたがないことだろう。
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