鼻を啜る音が響く体育館で、今まさに言わずともわかるであろう、卒業式が行われている。一人ひとりの名前が読み上げられ一人ずつ壇上に上がってゆく。その中にはわたしのひとつ上の、だいすきな切原先輩もいるわけで。鼻を啜る音の中にわたしのそれも含まれているのは言うまでもないのではないだろう。

この卒業証書授与が始まってから先輩の名前が呼ばれなければいいのに、卒業なんて嘘だったらいいのにっていう考えが頭のなかをぐるぐる、ぐるぐる回っていた。だけど先輩のクラスは後ろのほうなのに、こういうときばかり、時間ははやく過ぎてしまうのだ。切原赤也。確かに、そう先生は口にした。やだ、やだよ。

舞台上に上がって卒業証書を貰ってる切原先輩はむかつくくらいかっこよくて。らしくなく第一ボタンまできっちりしめてる先輩は、違和感と今日がなんのひなのか、先輩が本当にいなくなってしまうのか、という疑問の答えを物語っている気がした。

もうそこからはまともに顔なんて上げられなかった。昨日やったリハーサルどうりに終わった卒業式はなんともあっという間で、気が付けば卒業生はひとり残らず退場していた。

それから直ぐに先生の号令がかかって、解散になった瞬間、一斉に賑やかになる講堂内。だけどわたしはそんなの気にせず講堂の外まで走っていた。先輩、どこ、切原先輩は、先輩っ。



いた。

今までずっと見てきて、見慣れているはずの大きな背中。
走るスピードをこれまで以上に上げて、そのまま先輩の背中に突っ込んだ。


「っわ、…―びっくりした、」


一瞬前のめりになったけどすぐ立て直した先輩はさすがテニスの部長兼エースだと思った。だけど溢れでる涙はそう簡単に止まってくれないようで、先輩を見た瞬間頬を伝う水の量が増してしまうのだった。


「せんぱ、きりはら、せんぱいっ」

「お前泣きすぎだろ。ほら、顔上げろよ。」


ゆるゆると首を振るも、駄目だった。顎を捕まれて上を向かされると、大好きな大好きな切原先輩の顔があって。


「せ、んぱっ」

「あー、泣くなって。なに、一生の別れじゃないんだから、な?」

「だっ……やだよっ、」


わがままだってわかってるの、どうにもできないってこともわかってる。でも、止まらないんだもん。


「せんぱ、いっちゃやだあっ!わた、わたし先輩と、っく、」

「あーよしよし、わかってる、わかってるから。な?」

「っ…う、せんぱ、」

「なあ、」

「っ、く」

「俺はお前のこと置いていったりしねえから。」

「、」

「来年まで待ってる。お前が卒業するまで待っててやっから」

「う、んっ」

「他の奴に目移りしてんなよ?」

「っ…そ、れって、」

「…今は言わねえ。お前が卒業したらちゃんと口でいってやる。」


そういってわたしのおでこに口付けた先輩は、今までにないくらいかっこよく見えました。