親知らず


「あ」

「奥歯が生えてきた」

デイダラが何の脈絡もなくそんなことを呟いたのは、比較的のどかな昼下がりだった。その日は任務がなく、暇を持て余した彼とその相方のサソリは、背中を預けるのに適当な木の根元に並んで腰を下ろし、やわらかな木漏れ日の中で微睡んでいるところであった。

「なんか違和感あるなーって思ってたら…」

デイダラは手鏡に向かって大きく口を開き、独り言ともサソリに話しかけているともとれるような口調で何やらブツブツ言っている。始め、サソリはちらと横目で見ただけであったが、少しの間の後、何かしら自分が反応を返すことを期待しているだろうデイダラに声をかけた。

「痛むのか?」

「いいや、全く」

「なら放っておいて大丈夫だ」

「ほんとかよ。左側だけ余分に生えてて変だぜ」

デイダラは眉をひそめて鏡を凝視する。口を開いたままの少々間抜けな横顔をまた一瞥し、そんなことも知らないのかとサソリはため息をついた。

「それは親知らずだ。少し経てば反対側も生えてくるだろ」

「オヤシラズ?これが?」

「ああ」

「変な名前だな、うん。何でオヤシラズ?」

「親が知らない歯って意味だ。その奥歯は大体の場合、親元を離れる年頃になってから生えてくるからな」

「ああ、”親、知らず”か。なるほどな、うん」

「生える奴もいれば全く生えてこない奴もいる。生えてきても上下左右全部生え揃うとは限らない。痛みがないなら特別に処置する必要はない」

「ふーん」

淡々と説明するサソリをデイダラもちらと見た。こういった卑近な事柄に限らずデイダラが知らないことをサソリは大抵知っていて、問えば、口調は冷たいが的確な答えが返ってくる。自分の倍近く生きているんだから当然かとも思うが、やはり感心してしまうのが常だった。

「旦那は?」

「あ?」

「旦那は親知らず生えてんのか?」

言ってから我ながら馬鹿げた質問だと思った。サソリの方も一瞬キョトンとしたようだがすぐに呆れた顔で否定した。

「あるわけねぇだろ。この傀儡体は15の時の俺がモデルで、親知らずなんてまだ生えてなかったからな。あってもなくても大差ないようなものをわざわざ作り足したりしねぇよ」

「ああ…そうだよな、うん」

デイダラはもう一度大きく口を開けて鏡を見た。ぽっとその姿を現した左側の白い奥歯は、他の奥歯よりも小さく見えた。
隣に座るサソリの整った横顔をじっと見つめる。自分たちを包む優しい陽光が彼の表情を穏やかに見せた。そうか。親知らずか。誰が名付けたかは知る由もないが、なかなか味のある名前だ。

「…何見てるんだ」

「…なんだろな、うん」

初めての感覚だ、とデイダラは思った。彼はまだサソリを見つめたままであった。出逢った頃からその容姿は少しも変わってはいない。自分は彼を追い越すほど背が伸び、歯の数まで増えたというのに。
半ば親のように慕ってきたこの少年を守りたいと思ったのだ。立場的にも年齢的にもずっと守ってもらう側であったのだが。デイダラはまだ完全に生えきっていない親知らずに舌先で触れると、サソリの知らないところで密かにある決意をした。

















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絶賛スランプ中。
親子な芸コン書きたかったんです…。


2013/01/18



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