:: 人間宣言


私のなかの、幸村精市のイメージ。
頭良い。テニス上手い。細身に似合わず馬鹿力。いつも微笑。トータルよくわからない。
でも、私に聖人君主みたいなイメージを抱かせる男で、私はなんとなく近寄りがたかった。関わりたくない。
そんな私のなかの幸村精市が人間宣言した、そんな日のこと。
それは去年の秋のことだった。



日直の私は一人書き忘れた学級日誌を一日分まとめて書いていた。学級日誌の存在は本当に頭からすっかり抜けていて、さて帰るべと校門に向かってたら担任に掴まって「今日出さないと明日も日直だぞ」って言われてマジでかそれは嫌だなってことで、私はUターンして机でガリガリ日誌にシャーペンを走らせている。
時間割り見て科目は埋まれど五時間目数学の授業内容が思い出せない。授業態度は「みんな真面目だった」って一番上に書いてあとは「〃」で済ますのに。困ったな。書き終わらねぇ。真面目に授業受けてたつもりだったんだけどなぁ。
あと数学の授業内容だけなのに。ノートは授業後宿題の提出で回収されて手元にない。だから確認もできない。助けを求めようにも、教室にいるのは私の他に、あと一人だけだ。
ちらり、そいつに目を向けて。
「…幸村ー、数学今日何やったか覚えてる?」
花に水をやっていた幸村に声を掛けた。
植物係なんつー小学生かよみたいな係の幸村は部活のジャージを着ている。もう部活の時間だ。いつもは朝に水をやっているけれど、今日は朝会があったから朝水をあげられなかったらしい。
「数学…?…二次方程式」
「そうだっけ?まぁいいや。信じる」
言われた通りそう書き込んで、よっしゃ終わった。
「神崎」
日誌を閉じて立ち上がった私に幸村が声を掛けた。
「ん?」
「黒板」
言われて私は背後の黒板を見た。視線の先にあるのは、ぎっしり書かれた、数学の式。
あー…。だから幸村はすぐ答えたのか。
チクショウ。腹立たしいことに教室の黒板は日直が消すことになっていて掃除当番はノータッチ。
チクショウもっと少なく書けよ。消すのめんどくさいんだよ。
チクショウ武雄め(数学教師兼担任)。そういえば今日授業前に教科書ノート出してなかったから減点食らったぞ。ちっくしょいいじゃねーか。トイレ混んでたんだもん。ブツブツ独り言言ってるのが聞こえたらしい。くすりと笑う声がして、私は幸村を見た。
「何笑ってんのよ」
「いや。別に」
人のことおかしそうに笑ってる幸村は、ムカツク、とか、そういう感情に無縁そうに見えて、私はちょっぴり羨しいな、と思いつつも心の距離がまた10開くのを感じた。
A型の私。凝るときはむだに力いれる。
黒板はキレーに消さないと気が済まない質で時間をかけてツルッツルにした。それなのに私が黒板を消し終わってもまだ教室にいる幸村に私は首を傾げた。
「幸村、あんた部活は?」
「ん?ちょっとサボり中」
「………」
にっこり笑ってすごいこと言ったよこの人。
立海ってテニス部凄いんでしょ厳しいんでしょ。私よく知らないけど。いいのかそんなことして。
「いいの…?」
「よくはないけど。あと少しすれば俺の嫌いな先輩いなくなると思うし」
引退したのが顔出してるんだよね、と幸村は言った。
「そんな人いるの?」
「いるよ。努力もせずに人の力を妬む奴。そういうの、俺大っ嫌いだったんだ」
今も嫌いだけど。なんてなんでもないことを言うように口許は笑ってたけど、目がちっとも笑ってなかったからホントに嫌いなんだなってわかった。
目の前で今会話してるのがホントに幸村?って思う程、こんな幸村見たことなかった。
「意外。万人をこよなく愛す、そんなタイプだと思ってた」
「まさか。誰にだって、好き嫌いはあるものだよ。人間なんだから、俺にだって嫌いな奴くらいいるよ」
「ふーん…」
私のなかの幸村精市像が壊れていく。
ろくに会話もしたことないくせに作り上げた偶像だ。最初から間違っていたのかもしれない。
私の視線の先で、幸村が悪戯に笑う。
「コレ秘密な」
「…言わないよ。別に」
誰かに言っても仕方のないことだし。
いつもの感情の読めない微笑と違って、ちょっとヤンチャな子供みたいに笑う幸村は私のなかで妙にしっくりハマった。合わないピースを無理やり埋めようとしてた所に正しいピース見つけた、みたいな。
あぁきっとこれが本当の幸村精市なんだなって、幸村の笑顔を見てそんなこと思った。


武雄(数学教師兼担任)が私を引き止めなかったら、幸村が嫌ってる先輩が部活に顔を出さなかったら、私のなかの幸村精市はいつまでも聖人君主、近寄りがたい人だったかもしれない。
人生なんて、なにがあるかわかんないもんだ。
私はとりとめもなくそんなことを思いながら幸村の顔を凝視していた。
「何人の顔睨んでるんだ?」
睨まれてるのににこやかに対応する幸村を私はまだ睨むように見つめた。
「別にー…」
今はこいつのこと、聖人君主なんて欠片も思わないけどな。
せっかく作り上げた聖人君主幸村精市像は、ぶち壊されない方が良かったんだろうか。
私はたまに、自問してみる。
答えが出たことは、まだない。


▲ 

[TOP]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -