:: 残酷な数字


瑠花は目の前の数字をかつてない程目を見開いて見つめていた。そして、そそろとその場で爪先立ちをしてみたり、片足立ちをしてみたりしたが、その数字は多少ぶれた後また元に戻った。
「なんたる…」
絶望に満ちた呟きを零して、瑠花はそこ、体重計の上で頭を抱えて蹲った。




「あれ〜、瑠花ちんどしたの、どっか悪いの?」
いつものように紫原を見つけた瞬間に笑顔で抱きつこうとしてきた瑠花を抱きとめる体勢を紫原はとったのに、瑠花はその直前で思いとどまった。グッと歯を食い縛って頭を振った瑠花を見下ろして、紫原は首を傾げた。
「敦…、ハグ…くっ」
よぼよぼと頼りなく紫原に伸びる自分の腕を掴んで引きとめようとする瑠花の姿はどう見てもふざけているようにしかみえない。
なんとか己の衝動を抑えこんだ瑠花はカバンから箱菓子を取り出すとその風を開けて長細いそのチョコ棒を紫原に差し出した。
「あーん」
「わーい、あー」
素直に口を開ける紫原の口にその菓子を入れる。咀嚼が終わり、口が空になったのを見計らって瑠花はまたチョコ棒を差し出した。紫原がもぐもぐと口を動かしている間に、瑠花は紫原の横にいる氷室にその開いた菓子袋を差し出した。
「氷室くんもどうぞ〜」
「俺もいいんですか?」
「いいよ〜、ってか一緒にいんのに氷室くんにはあげないとか意地悪継母じゃん。アーンもしてもいいけど、する?」
「俺はいいです」
「だよね」
頂きますと菓子に手を伸ばす氷室と、また新たな菓子を差し出してくる瑠花を見て、紫原はあることに気が付いた。
「瑠花ちんは食べないの?」
いつもならば紫原に菓子を差し出し、その周辺にいる者達にも分け与えながら自分も食べている。それなのに、今回瑠花は一口も菓子を食べていない。
紫原の問いに、瑠花は今日最初に会ったときのような何かを堪えている表情を浮かべた。
「それを聞いてしまいますか…」
「うん、どしたの? やっぱどっか悪いの〜? 保健室連れてってあげようか」
「敦…!」
ならば今すぐ姫抱っこでと言いたいのをグッと堪えて、瑠花は絞り出すように言った。
「ゴメンね敦、今まで重かったよね…」
「? べつに?」
なにを言っているのかよくわからないと言わんばかりに紫原は首を傾げた。今日の瑠花の態度と今の言葉に、氷室はあることに気が付いた。
「もしかして、ダイエットとか、始めたんですか?」
氷室の問いにしばし間を開けて、瑠花はこくりと頷いた。
「今まで自分の体重がこんななってたなんて知らなかったの…ゴメンね、ゴメンね敦…重かったよね…」
「だから、別にそんなことねーし。瑠花ちんなんて、俺の半分あるかないかでしょ」
「私は私の半分もあるもの重くて持ちたくない」
「俺は別にちょっと持つ位平気だし」
別にハグしないならしないでも構わないけどと言う紫原に瑠花はこの世の終わりのような表情で紫原を見た。それを受けて紫原は表情を変えずに言った。
「でもそんな顔されるんだったらハグしてくれた方がいいし」
「敦…」
「全然気にするような体型でもないですし、水乃星先輩が一緒にお菓子を食べてくれたほうが、先輩がダイエットするより敦も嬉しいんじゃないかな」
な、と氷室が紫原に話を振れば紫原もそれに同意した。
「二人とも…」
暖かな言葉に、瑠花は感涙の眼差しで二人を見た。震える唇で言葉を紡ぐ。
「私がこの身長のまま敦並の体重になっても言えよおまえらその台詞」
これ以上ないくらいの無表情で、無感動に放たれた言葉に二人が固まる。しばらく無言のままでいた二人であったが、紫原が表情を変えないまま口を開いた。
「俺、瑠花ちんが流石に重たくなってきたら正直に言うよ。無理って」
「敦が持ち上げられなくなったときは、外周なりエクササイズなり付き合います」
「私嫌いじゃないよ、君たちのそういうとこ」
ぽりぽりと菓子を食べながら瑠花は言う。もう部活に行かなければと言う二人にお菓子を渡して、せっかくだからと瑠花は紫原に腕を伸ばしていつものようにハグをした。
そうして手を振り、その場は別れ、それ以降の瑠花はいつものように会えば
紫原にハグを求めた。だから紫原と氷室は知らなかった。
瑠花が様々な料理のカロリーを把握し、一目見たその一瞬でそのカロリーを消費するのに必要な運動量を割り出せるようになっていることを。
涙ぐましい努力によって、紫原が瑠花を抱き上げられなくなる日はまだ来そうにない。


 

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