:: マリー・アントワネット


「あ、俺それ知ってる。『ご飯がないのなら、お菓子を食べればいいじゃなぁい』ってやつでしょ」
昼休み、日当たりのいい中庭で財布を忘れて寂しい昼食になりそうな福井を、お菓子を大量に抱えた瑠花があざ笑っている現場に遭遇した紫原は、へらりと笑いながら目の前の状況に適した言葉を口にした。
「正確には『パンがないのなら』だけどな」
氷室の指摘に、紫原はあれ?と首を傾げる。そんな紫原と氷室のやりとりを見ながら、瑠花は財布からお札を取り出し福井に渡した。それを受け取り、福井は購買へと出かけていく。
「でも、俺ご飯がないなら、って言った気ィすんだけどな〜」
おかしいなぁと首を傾げる紫原の言葉を、瑠花は聞き逃さない。だが瑠花が問うよりも先に、苦笑しながら氷室が紫原に尋ねていた。
「どこでそんな台詞言ったんだ」
「中学の文化祭〜。あんとき俺ドレス着てねぇ、こんな感じで今の台詞言ったの」
こう、と紫原は片手を腰にあてもう片方の手は誰かを指差すように前に突き出すポーズをとってみせた。
「ちょっ、ドレスって、ドレスってなに?! ねぇ敦、それっ、それもっと詳しく!!」
いきり立つ瑠花に紫原はのんびりとした動作で瑠花を見下ろし、それから手にしていたパンわ見て、氷室を見た。その視線と、がっちりと紫原を掴む瑠花の手を見て、氷室はここいいですかと瑠花に断りを入れて、瑠花が座っていた芝生の横に腰を下ろした。
昼食を共にすることにして、パンの袋を開けながら紫原は瑠花の問いに答える。
「中学の文化祭でねー、縁日やったの。そんときの衣装がサイズ合わなくてドレスしかなかったんだよね〜」
懐かしいねと笑う紫原に対し、氷室はあまり表情を変えずに驚き、瑠花も信じられないものを見るような目を紫原に向けていた。
「すごいな、日本の文化祭は敦がドレス着たりするようなものなのか。想像もつかないな」
「違うよそれは異質なんだよ、だが異質でいいよくやった帝光、ねぇ敦、写真、写真ないの写真、ドレス姿の写真…!」
獲物を狙う肉食獣のようなぎらつきを隠さずに迫る瑠花に、紫原は少し体を引いて「瑠花ちん、怖い」と呟いた。その言葉に我に返った瑠花は乗り出していた身をひいて、こほんとわざとらしい咳払いをひとつした。そしてにこりと笑顔をつくる。
まだ少し怯えたような様子を見せながらも、紫原は間延びした声をあげて記憶を辿った。
「んー、家にはあると思うけど、どうかなぁ。黄瀬ちんならもしかしたら写真まだ持ってるかも?」
頼んで! 今すぐ送ってくれるように頼んで!! なんなら私が頼むから仲介して携帯貸して今すぐ私に頼ませて!!!
そう叫びだしたい衝動に駆られながら、今し方紫原に引かれてしまったばかりなので瑠花は必死にその衝動に耐えた。
「じゃあさじゃあさー、その黄瀬ちん? にお願いして写真写メって貰ってよ。ねっ、見たい見たい、敦のマリー・アントワネット見〜た〜い〜」
「えー、まぁいいけど、黄瀬ちんが本当に持ってるか知らないよー」
言いながら紫原は携帯電話を取り出してなにやら打ち込み始めた。きっと黄瀬にメールをしているのだろう。程なくして、返信があった。紫原の携帯電話が光る。
「ん、黄瀬ちん持ってるってー。今学校で手元にないから、帰ったら送ってくれるって」
「それ私にも転送して…っ!」
耐えられなかった。今度は耐えられなかった。必死の形相で飛びついた瑠花に紫原はやはり少し驚いた表情を浮かべ、こくりと頷いた。
「ご、ごめん…、つい」
「うちの後輩いじめてんじゃねーよ」
「あいた」
ぽか、と頭に衝撃を受けて、瑠花は振り返った。逆光のなか、福井が購買のパンと弁当を持って立っている。お釣りとパンを差し出して、福井もそこに座り込んだ。
「いじめてないし、可愛い敦を私がいじめるわけないし」
「いじめは受けた側が決めんだよ。アツシ、水乃星になんかされたら遠慮なく俺たちに言えよ。守ってやっから」
弁当片手に福井は紫原に力強く語りかける。それを受けた紫原は分かっているのかいないのか、いつもの眠そうな瞳のまま首を傾げてパンをかじった。
そんな二人のやりとりを視界の隅に入れつつ、瑠花は氷室ににじりよる。
「ねぇねぇ氷室くん氷室くん、来年の文化祭でのバスケ部の店、女装喫茶にしなよ私今から敦用に渾身のドレス作るから、ね、ねっ」
「えっと、それは俺の一存では決められないんじゃ…」
「いいよ、どうせ君が来年の主将なんだからさァ、主将命令でビシッと、ビシッと」
「だからうちの後輩いじめんじゃねーっての」
離れろと追い払われて、瑠花はいーっと食いしばった歯を見せたが福井はそんなもの気にも留めない。瑠花もがらりと表情を変え、憂いを帯びた溜め息を吐いた。
「あー、もうなんで私あと2年遅く生まれなかったんだろ、あと2年位お母さんのお腹にしがみついてれば良かった、そんで中学帝光にしとけばよかった、あぁもうホントにもー」
「2年遅かろうがバスケもやってない秋田っ子に帝光の選択肢はねーだろ」
「シャラップ!!」



その日の夜、瑠花の携帯電話がメールの受信を告げる。そのメールの送信者の名前に嬉々として添付ファイルを開けた瑠花の、その奇声を聞きつけて親がウルサいと怒鳴り込んでくるまで、そして悶え震える娘の姿に慌てふためいてあわや救急車騒ぎになるまであと5秒。


 

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