:: 貰えない入部届


「先生、私バスケ部のマネージャーになりたいです。入部届ください」
「残念だが3年はもう引退も近い。うちはWCまで出るとはいえ、今更3年のマネージャーは要らん。そもそも受験生だろう、勉強に専念しろ」
真剣な顔で荒木のところにやってきた瑠花に対し、荒木はばっさりと瑠花の申し出を切り捨てた。
「もう年増は要らないってんですか、先生酷い! 酷すぎるよ!! やだやだ私バスケ部のマネージャーにな〜り〜た〜い〜。敦の側にもっとずっと居〜た〜い〜。先生も女なら私の気持ち分かるでしょ?」
「そんな不純な動機でマネージャーになろうとする奴などうちには要らん」
「…そんなだから先生は残念なんだよ」
とりつく島もない荒木に、瑠花は唇を尖らせながらぽつりと呟いた。それを拾い上げた荒木がギロリと瑠花を睨みつける。
「なんか言ったか」
「別に」



「なんでおまえは今現在もバスケ部なのに私はバスケ部になれないんだ。解せぬ」
体育館の隅で体育座りをして、恨み言を呟く瑠花にミニゲームを終えたばかりの福井がタオルで汗を吹きながら応じた。
「そらおまえ、俺は入学直後から届けだして部活してたし」
「私だって入学直後から届け出そうとしてた!」
「アツシの、入学直後からな」
今ミニゲーム中の後輩の名前を強調する。今話題に上がっている後輩は一際目立つ高さを生かしてシュートをブロックした。弾かれたボールが壁に当たって跳ねる。
「いやぁぁ敦格好いいー!!」
素敵ー、と手を叩いてはしゃぐ瑠花に、福井は理解できないと言うように首を振った。
「ホント、おまえアツシのどこがいいんだよ。敬語もろくに使えないしマイペースだし菓子ばっかり食ってるし。俺だって隣に立たれると威圧感感じるし見上げりゃ首痛ぇのに」
「バカだなぁ、敦のすべてが可愛いに決まってるじゃん。だが強いて挙げるとするならば、大きくて可愛いところかな」
「…じゃあ岡村や劉でもいいじゃん。2m越え、でけぇぞ」
福井の代替案に、幸せそうに紫原を見つめていた瑠花は有り得ないものを見るような目で福井を見つめた。
「福井、あんた…、岡村が可愛く見えるの…?」
「はっ?」
「岡村ー! 岡村逃げてーー!! ここは私が食い止めるから、全力で逃げてーー!!!」
「ちょっ、バカ!! んなわけねーだろあんなアゴリラ!!」
「なんの話〜?」
ゲームを終えた紫原が二人のところにやってくる。ぱっと表情を変えて、瑠花は立ち上がると紫原にタオルを差し出した。瑠花が座り込んでいたのは紫原の荷物の隣だった。此処にいれば紫原が絶対に寄ってくる。その狙い通りにやってきた紫原に、瑠花はいつものようにハグを求めて腕を伸ばした。
「今はダメ〜。俺汗だくだから制服汚れちゃうし〜」
普段なら瑠花が手を伸ばせば抱きつかせてくれるのに、拒否された瑠花は口元に手を当ててわなないた。端から見ればショックを受けているように見えなくもない。だが、震える瑠花の口から出てきたのは感動でふるえている声だった。
「敦が、そんな気遣いを見せるなんて…男をあげたね、敦…感激のあまり私泣きそう…」
「もー、大げさだし〜」
笑う紫原にも瑠花の感動は止まらない。涙で潤む視界に紫原を捉えながら、何故体育着に着替えておかなかったのかと、瑠花は己の落ち度を責めた。今すぐ壁を殴りたい衝動に駆られるが、可愛い敦の前でそんなことはできない。ほろりとこぼれてしまいそうな涙をこらえながら、瑠花は拳に力を込めた。そんな瑠花に、紫原は更に追い討ちをかけた。
「つーか瑠花ちん、そんなところに座ってて寒くねーの? 俺のジャージ膝に掛けててもいいよ」
「敦…!」
崩れ落ち、瑠花は跪いて床を叩いた。
「惚れてまうやろぉぉ!!! うわぁぁぁぁ!!!」
「? どしたの」
「いつもの発作じゃい。ほっといてやれ」
ミニゲームに戻った福井に代わり、岡村が紫原の問いに答えた。素っ気ない言葉に、瑠花は伏せていた顔をあげて高いところにある岡村の顔を睨んだ。
「確かにいつもの発作だけれども、酷い言い草! 見習え!! 敦の紳士さを見習え!!!」
「ん〜、これさっきの室ちんが言ってたんだし」
ミニゲーム中、体育館の隅に直接座っている瑠花に気がついた氷室が紫原にジャージを貸してあげたらどうかと提案したらしい。紫原の言葉に、瑠花と岡村の心は成る程とこれ以上ないくらいにシンクロした。身体ばかり大きくて、その中身はまだまだ自分本位のお子様さが抜けない紫原が、そんな気遣いを見せられるハズもなかった。瑠花と岡村、二人して離れたところで談笑している氷室に目を向ける。
「岡村ぁ、これだよこれ。この気遣いだよモテる秘訣は。身長高いイケメンでバイリンガル帰国子女で表情も物腰も穏やか、気遣いもできちゃうスーパーマン、なんなのあいつ、ねぇなんなの」
「全くじゃい、なんなのあいつ。だがのぅ水乃星、おまえワシにジャージ差し出されて嬉しいか? 氷室のなら目をハートにして受け取るくせに、ワシのだとドン引きした顔をするもんじゃ。女子とはそういう残酷な生き物なんじゃ…」
力なく呟く岡村の声が震えていく。声だけでなく身体も震わせてうなだれる岡村に、瑠花はなにも言わずその肩に手を乗せた。
そんな3年生達のやりとりになど耳を傾けていなかった紫原は鞄から取り出したジャージを瑠花に差し出しながら首を傾げた。
「はい、どしたの?」
「わぁい、ありがとう。こっちはなんでもない、そっとしといてあげて」
不思議そうに首を傾げる紫原に説明して現状を理解させれば、岡村の心をえぐり出しかねない。紫原の無邪気な残酷さもまた瑠花には愛すべきものであるが、今の岡村にそれを思い知らせるほど瑠花も鬼ではないつもりだ。
「ジャージのお礼になんか差し入れしたげる。お菓子と飲み物とどっちがいい?」
まだ打ちひしがれている岡村は置いておいて、瑠花は話を変えて紫原に話しかけた。瑠花の言葉に、紫原はへらりと笑う。
「え〜、別にいいのに〜」
「いいのいいの、ね、どっち?」
「んー、じゃあねぇ、お菓子がいいかなァ」
「おっけー、なんか良さそうなの探しとく」
笛が鳴る。部員が全員監督である荒木のもとへ駆けつけた。紫原や岡村も例外ではなくそちらへ行った。残された瑠花は人ごみのなかでも頭一つ以上飛び出している紫原を見つめた。
マネージャーだったから、こんな隅から眺めることもなくもっと近くにいられるのに。
「…もう一回、頼んでみようかなぁ」
何度頼み込んでも結果が変わらないのは目に見えていたが、それでも瑠花はそう思わずにはいられなかった。

 

[TOP]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -