:: HappyHalloweenEve


「ハッピーハーロウィーン! お菓子あげるからイタズラさせてっ」
「ん〜、いーよー」
「わーい! えいっ」
「きゃー、瑠花ちんやめてー」
昼休み、学食の片隅でお菓子を詰めたカゴを差し出しながら言われた言葉に、紫原はたいして深く考えるでもなく頷いた。それを受けて満面の笑みで抱きついた瑠花はしゃがみ込み、紫原のセーターの下に手を潜り込ませるとワイシャツの上からくすぐり回してまた抱きついた。今は紫原が椅子に座っているため、瑠花の方が背が高い。常にない立ち位置に瑠花はご満悦で後ろから紫原に抱きついていた。
元気がいいのは何よりだが、ここは学食である。大衆の目があるのだが、四月に紫原が入学し、最初こそ大人しかった瑠花の行為が段階を踏んで今に至ったためか、今更なにかをいう者もいなかった。むしろまたやっていると微笑ましく見守る者が多数である。
その多数の中の一人である氷室も、にこやかに対面の席で行われる行為を見守っていた。
一通りハグし終えたらしい瑠花は満足そうな顔をし、氷室の前に小さなケーキが置かれていることに気がついた。
「おやぁ? 氷室くんケーキ好きなの?」
「室ちん今日誕生日なんだよ」
「え、マジでかおめでとう」
「ありがとうございます」
祝福の言葉以降、無言でわたわたとポケットを叩く瑠花を、紫原と氷室は不思議そうに見つめる。カーディガン、スカート、そのしたのジャージと順番に手を下げてもなんの感触もなかった瑠花はガックリと肩を落とした。
「ごめん、なんかポケットに入ってるかと思ったけど、なんもなかったや…」
「別にいいです。っていうか、水乃星先輩、アツシと行動が似てきましたね」
とりあえずポケットの中にお菓子がないか探すところ、と言われて、瑠花と紫原はどちらともなく顔を見合わせた。ぱちぱちと瞬きをして、それから瑠花は嬉しそうに笑った。
「んもー、氷室君ってば! 私と敦が長年連れ添った夫婦みたいだなんて言葉がお上手!! もうっ、部活前には氷室君にも特別バスケットをプレゼントしちゃうんだぞ!」
「瑠花ちん、室ちん別にそんなこと言ってねーし」
ぎゅ、と腕に抱きついて恥ずかしそうに体を揺らしている瑠花に紫原は冷めた言葉を降らせるが、都合の悪いことは瑠花の耳を素通りした。
ひとしきり悶え終わって、瑠花ははたと希望に目を輝かせて紫原を見上げた。
「敦は誕生日いつなの?」
「もう終わったし」
「え?」
「だから〜、もう過ぎたの。10月9日」
「……」
首が痛くなる角度のまま瑠花は紫原を見上げ、固まった。まぶただけを動かして瞬きを繰り返す。少しだけまばたきの速度を早め、何かが弾けたように瑠花は眉間にシワを寄せ叫んだ。
「はぁ?! 聞いてないし!!」
「うん、だって聞かれてないから言ってねーし」
「私絶対敦なら誕生日前になったら言うと思ってた!! ケーキとかお菓子とか言うと思ってた!!」
「んなガキじゃねーし」
「……」
紫原の言葉に、瑠花はこの世の終わりのような顔をして紫原の横に座ると、両肘を机につき、顔の前で指を組んで真剣な顔をして記憶を遡り始めた。
「その日私なにしてたっけ…。10月9日、敦がこの世に生まれた素晴らしき日に愚かな私は一体何をしていたというのだ…」
「水乃星先輩、その日学校休んでましたよね。風邪とかで」
「あー、いなかったいなかった、瑠花ちんいなかったね〜」
「ジーザス!!」」
拳で机を叩き、前に倒れて額を机にしたたかに打ち付けた瑠花に、それを見ていたバスケ部員2人はビクリと体を竦ませた。瑠花の奇行は基本的に紫原本人がいないところで行われていたため、突然の行動に2人はまだ慣れていなかった。
大きな音に氷室が恐る恐る安否を尋ねれば、額を赤くしている以外は何事もなかったかのように瑠花は顔をあげ、「ごめん」と小さく謝った。
「コップとか、倒れてない? 大丈夫?」
「それは大丈夫ですけど…」
「瑠花ちんの頭大丈夫? めっちゃ赤くなってるけど」
石頭だね、と特別心配している様子もなく、それでも紫原は瑠花の額に手を当てた。暖かい紫原の手のひらでは冷やすという効果はないに等しかったが、それでも瑠花はうっとりと目を閉じてその感触に浸っていた。
「駄目、もう駄目…、なんか心労で疲れた…。氷室くんのお菓子バスケット作って福井に託して私は帰る…」
「バカ言ってんじゃねー」
ポカンと後ろから頭を叩かれて、瑠花は眦を釣り上げてその犯人を睨みつけた。
「ったいなー、無防備な女子高生の頭になにすんのよ」
「言ってろ、痴女が」
「ねぇそれ呼称にすんのやめてくんない、訴訟も辞さない構えなんですけど」
現れた福井と火花を散らしていると、2人が作る空気にそぐわない間延びした声が割って入った。
「おでこ机にぶつけても平気なのに、あれは痛いの? 瑠花ちん面白〜」
「敦あのね、おでこだって痛いは痛いのよ。正直とっても痛いのよ」
だからもうちょっと撫でててと手を寄せれば、紫原は先ほど渡されたバスケットのお菓子を食べながら「痛いの痛いのとんでけ〜」と子どもじみたまじないをした。
「水乃星、カントクが呼んでんぞ。課題出してねーのはおまえだけだって。早く出せよ」
「え、出したし。うっそ、おかしい」
聞き捨てならない言葉に瑠花は席を立った。その際、また自分の視線よりも低くなった紫原に抱きつくことは忘れない。
紫の頭を撫でながら、瑠花は紫原に言った。
「来年の誕生日はちゃんとお祝いするからね、楽しみに待っててね」
「別にいいし」
「氷室くんは部活までちょっと待っててね。私の傑作作るから」
「俺も、そんな」
「じゃ、また」
人の話を一切と言ってもいいほど聞かずに流し、瑠花は職員室へと向かっていった。嵐の後の静けさのような空気に、紫原がぽつりと呟く。
「来年てさ、瑠花ちんいねーじゃん、どうすんのかな」
「…さぁ、まさか留年とか…」
「それしたいってガチで叫んでたけど、さすがに教師と親に説得されたみたいで諦めてたぞ」
卒業生という立場になっているハズの瑠花が来年の紫原の誕生日に何をどうするつもりなのか、誰にも想像できないまま、その日の昼休みは終わった。
そして瑠花の宣言通り、部活の前にハッピーバースデーのプレートと、ハロウィン仕様の紫原のバスケットよりさらに大きく中身も豪華になったお菓子の詰められたバスケットが氷室のもとに届けられたが、昼休みから放課後までの間に、瑠花がどのようにしてそれを準備したのかもまた、誰にも想像できないまま、10月30日は終わりを迎えようとしていたのだった。




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