:: I'm going on a date!


「敦、敦、デートしよう」
一年生の教室で、椅子に座っている紫原の前、机を挟んで身を乗り出した瑠花は真剣な顔をしてそう言った。休み時間の教室は少し騒ついている。喧騒のなか、何事かと紫原と瑠花に視線を向ける者も少なくはない。上級生がいきなり教室に乗り込んできたら、そんな反応になるのも無理はないだろう。
周囲の視線など気にもとめず、瑠花はまっすぐ紫原を見つめていた。紫原はいつもと変わらぬ目をしてそれを見つめ返し、パリ、と口元に運んでチップスを食むと咀嚼しながら頷いた。
「い〜よ〜。なにすんの?」
「やったー! なんでもいい、どこでもいい、私服の敦と一緒なら構わない!」
好きっ! と机越しに身を乗り出して抱きつこうとする瑠花に触れないように、紫原は油と海苔で汚れた手を思い出したように瑠花から遠ざけた。
氷室がやってきてからというもの、紫原は氷室からアドバイスを受けている。紳士的な振る舞いになるような所作をするように言われているのだ。こんなときはこうした方がいい、あんなときはああした方がいいと、瑠花と紫原がじゃれ合うのにあわせて臨機応変にいろんなパターンが用意されている。
それらはまだ紫原のなかに定着していないため、思い出してから行うのでどこかぎこちない。だがそのぎこちなさがまた瑠花のハートを撃ち抜くのでいちいち瑠花は紫原に惚れ直すのだ。
「じゃあじゃあ、今度の土曜日! 部活休みでしょ? 駅前で待ち合わせね! 時間はまたメールするから!!」
「わかった〜」
これ以上ないほど嬉しそうに興奮しながら瑠花は紫原に手を振って教室を後にした。紫原も気だるげに振り返してくれる。それにまた気を良くしながら瑠花は約束の日を指折り数えて待っていた。



「…まぁ、予想はしてたよねー…」
今日までの夢見る乙女の煌めきに満ち溢れた表情がウソのように、諦観と蔑みの目をして瑠花は目の前の景色を力なく眺めていた。
「だろ? あんな毎日毎日後ろでやかましくそわそわされたら邪魔しに行くしかねーだろ」
紫原との待ち合わせ場所に15分前に到着して待っていた瑠花の前に現れたのは、紫原と氷室を除く陽泉高校バスケ部レギュラーだった。紫原と氷室を除く、ということで、瑠花が待ち望んでいる人はまだ来ない。
「福井サンが昼飯おごってくれるって言うから来たアル」
「言っておくが、ワシは止めたからな。ワシはやめようって止めたからな」
共犯者たちの言い訳を右から左へ聞き流し、瑠花は主犯を今にも殴り殺しそうなほどに拳を握りしめながら睨みつけると、可愛らしいナチュラルなデート服の醸し出す雰囲気とは正反対の腹の底から湧き上がる地を這うような声で呟いていた。
「迂闊だった…私が迂闊だった…。おまえに隙を見せるなんて。福井ィ、あんた月曜からの学校生活楽しみにしとけよォ…」
後ろをとってるのはこっちなんだからな。そんなことを言ってると瑠花が一番聞きたかった声が響いた。
「ん? アララ〜? みんななんでいんの?」
やってきた紫原の声に、弾かれたように瑠花は目を輝かせてそちらに顔を向けた。
夢にまで見た私服の紫原がそこにはいた。少しくらい肌寒くなり始めた秋田の空気にも関わらずざっくりと胸の開いた黒のロングTシャツ。紫原の長い腕でも少し袖が余っている。
「萌え袖ええええ…!」
その場で崩れ落ちた瑠花は膝をしたたかに打ち付けながらも、痛みとは別の意味でその場にうずくまり身体を震わせた。そんな瑠花を紫原は見下ろす。パリ、と手にしているチップスが音を立てた。
「おまえがそこの痴女に喰われねーか心配だから見に来てやったんだよ」
「? 瑠花ちんが俺喰うの?」
俺美味しくないしと首を傾げる紫原に苦笑しながらも、紫原について来た氷室はじゃあ俺はこれでとその場を去ろうとした。氷室は氷室で買い物があり、方向が同じだから結果的に一緒にここに現れたが、他のメンツと異なり邪魔をする気はないようだ。
「敦、ちゃんと水乃星先輩をエスコートするんだぞ。ほら、先輩たちもデートの邪魔なんて無粋ですよ。行きましょう」
「えー」
「えーじゃないです。馬に蹴られて死にますよ」
ほらほらと面々をここから引き剥がそうとする氷室に、瑠花は跪いたまま言った。
「氷室くん…君が神の使いか…。今度学食おごるね…」
「別にいいですよ」
「ねー瑠花ちん、いつまでそうしてんの」
地面に手をついたままの瑠花に紫原がしゃがみこんで問いかける。地面に座り込んでいる女の子を大柄の男たちが取り囲んでいるその様は周囲の視線を集めていたが誰もそれに気づいていない。
プルプルと震え俯いたまま瑠花はその震えを声に乗せた。
「あの、うん、あのね…。ちょっと膝に思う以上のダメージが…ちょ、うん、痛い…ちょっと本気で泣きそうに痛い」
「ちょっと君達、そこでなにしてるのかな」
新たに飛び込んで来た声に、全員の視線がそちらに向けられる。声の主は、青い制服を着た警官だった。駅前という場所柄、交番は目と鼻の先にある。誰かが怪しげな集団がいるとでも言ったのだろう。
「なにって、待ち合わせっスけど」
「みんな知り合い? そうなの?」
「え? そうですけど」
座り込んだままの瑠花に警官は目を向けて尋ねてくる。突然話を振られた瑠花は驚いたように目を瞬かせながらも頷いた。嘘はついていない。みんな同じ学校に通う身であり同級生と可愛い後輩だ。
だがお巡りさんの視線は胡乱げだ。
「君はなんでそんなところに座ってるの。悲鳴が聞こえたって言うし、酷いこととか」
「されてません。私が転んだだけですー」
下世話な方向に進みかけて瑠花は重ねるように否定する。仮にも彼らは現役のバスケ部員かつレギュラーだ。こんな誤解で選手生命を脅かすわけにはいかない。
「あ、そうだよ、瑠花ちん膝大丈夫〜?」
手を差し出され、瑠花は険しくしていた表情を和らげてその手を取った。
「あぁんもうダメもうダメ、ハグハグーーー!!!」
ハグどころか、歩けないなら運んであげるし、といわゆるお姫さま抱っこの状態となり、瑠花のテンションは限界点に達していた。
「敦ってば男前すぎんだろーーー!」
首に腕を回してジタバタと足を振り回す瑠花はとても怪我人に見えない。
「私もう、死んでもいいわ…」
がくりと力なく、それでも確かに紫原の胸に頭を寄せてその手もしっかりと紫原の服を掴んでいた。
「おいこら痴女、そのノリ公共の場ではやめろ」
抱きつく瑠花を福井が引きはがそうと試み、その他の面々で警官に説明をする。訝しげな警官の視線とは裏腹に、福井の力に逆らって紫原に抱きついている瑠花は幸せそうにしていて、もう警官など視界にもいれていなかった。
「…まぁいいけど、公共の場所であんまり破廉恥な行為はやめておきなさいよ」
子どもが着ぐるみに抱きついているような、子どもがぬいぐるみを抱いてるような、そんな雰囲気のせいかお巡りさんの視線も男女のまぐわいを見るものよりも生ぬるい。お騒がせしましたと謝罪してその場はことなきを得た。
瑠花の足もタイツの上からではよくわからなかったため、一度駅ビルのトイレで確認したところアザにはなっていたが出血はなかった。
「はい、瑠花ちん」
と、紫原から渡された湿布を貼って痛みは残るものの歩行には問題はない。問題は紫原にもらった湿布であった。
「くそぅ、なんで私今日タイツなんて履いてんだ破こうか破れば敦に湿布貼ってもらえるのに…」
「だーからその残念な考え捨てろってんだよ」
スパンと頭を叩かれて瑠花は福井を睨みつけるも、福井は平然としている。
「じゃあ、俺たちはいい加減立ち去りますね」
「あー…いいよいいよ、もう皆で一緒に回ればいいじゃん。どうせこいつら距離を開けてついてきそうだし」
その場から離れようとする氷室たちを、本当なら面倒かけてごめんねありがとう、と、にこやかに追い払って2人きりになりたい。あぁなりたい。いやそもそもお礼を言う必要などないのではないだろうか。お巡りさんが出てきたのだって、日常生活では不必要なほどでかい彼等がいたからであって、彼等がいなければデート早々お巡りさんに職務質問もどきをされることもなかったのだ。
思うことはいろいろあるが、追い払ったところでこいつらが素直に帰るとは思えない。主にクラスメイトと留学生がだ。だったらいっそ一緒にいてくれた方が視界にはいる分邪魔でも見られてる感はなくなるだろう。
「た、だ、し、あんたら私と敦と氷室君のお昼代くらい出しなさいよね!」
「はぁ? 意味わかんねーんだけど!」
「人の恋路を邪魔してんだから当然でしょ〜? 意味わかんないのはこっちなんだからね!!」
あり得ないんですけど! と怒っていたはずの瑠花は紫原の「どこに行くの?」という問い掛けにころりの表情を変えて紫原と向き合った。変わり身の早さに福井、岡村、劉は呆れ、氷室は苦笑している。
2人きりのデートにはならなかったが、私服の紫原が見たいという瑠花の目的は達成されたので瑠花に不満はない。バイキングで食事をして、それから映画を見て、と無難なデートコースのはずがなにやら邪魔が入って変なことになってしまったが、楽しかったので良しとした。
だが爆弾は最後に待っており、最後の最後、お土産、と紫原に渡されたキーホルダーに胸を射抜かれた瑠花が崩れ落ち、待ち合わせ時の二の舞いとなったのだった。



後日、学校で後ろから暇あえあれば椅子の足を蹴られるという報復を受けていた福井は耐えかねたように後ろを振り向いた。
「昼飯おごったし、もうチャラだろ。つか、どうせおまえ、デートとかそんなんどうでもよくて、私服のアツシが見たかっただけだろ正直に言えよ」
「そうよ、それの何が悪い。敦のエスコートとか欠片も期待してませんしユニフォームも制服も可愛いけど私服の可愛い可愛い私の敦が見たかっただけですし、だがそんなの関係ねぇ」
「古ィよバカ」
携帯電話でもデジカメでも紫原を瑠花は撮っていた。それを見返しては幸せそうに悦に浸る瑠花を見て、福井は呆れながらもとりあえず紫原にこの地味に邪魔な報復をやめるように言わせようと考えていたのだった。

 

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