:: 女心と背伸び靴


「あつしー!! あいらーびゅー!」
満面の笑みで腕を広げてハグを求める。瑠花のそんな行為はいつものことなので今さらなんの違和感もない。むしろ瑠花がそうしないことの方が違和感を覚えるほどだ。だが、今日の瑠花はいつもと違った。
「…ん〜?」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる瑠花を受け止めながら紫原は首を傾げてその頭を見下ろした。何かが違う。違和感に紫原はじっと瑠花を見つめていた。
それを受けて、瑠花も不思議そうに紫原を見上げた。
「? どしたの?」
「ん〜、瑠花ちんさぁ、なんか今日、ちがくない?」
「…ちがくないよ?」
若干の間を開けて、瑠花は明らかな作り笑いを浮かべてみせた。それを受けて、紫原はそうかなぁとまた首を捻る。
横で紫原と瑠花のやりとりを見ていた氷室も、何かが違うと感じていたのだろう。まじまじと上から下まで瑠花を見つめて、その足元で目を留めた。
「水乃星先輩、靴変えましたね」
「!」
衝撃に目を見開いて瑠花は氷室を見つめた。氷室の言葉に、紫原も瑠花の足元を見た。そう? と、紫原は不思議そうに瑠花の靴を眺めた。
「氷室くん…なぜに気付いた…。あれか、髪きったり新しいアクセつけたりアイメイク変えたりしてもすぐ気付くタイプかそしてすかさず褒めるタイプなにそれ惚れてまうやろ」
「瑠花ちん、室ちんに惚れるの?」
「私が惚れてるのは敦だけーーー!!!」
好きーと叫びながら押し付けてくる瑠花の頭の位置は、いつもより高かった。



「敦は背の高い子が好きって言うから、ちょっと大きくなってみました」
バレてしまっては仕方がない。瑠花は諦めてネタバラシをした。靴のヒールが少し高くなった。中敷も少し厚みのあるものを使っている。その組み合わせで瑠花の視線は、頭の位置は、普段よりも高いものになっていたのだ。
「ふーん」
おまけに胸を張って背筋を伸ばす瑠花を見下ろして、紫原は特別興味もなさそうに相槌を打った。もう少しテンションをあげてくれれば瑠花としても頑張ったかいがあるというものだが、そんなものを紫原に期待しても仕方がないので瑠花は少し唇を尖らせただけにとどめた。無い物ねだりはしないに限る。
「でもそれ靴脱いだら縮むよね」
至極まっとうなツッコミが紫原から入った。恋する乙女の女心など欠片も理解しないその一言に氷室は苦笑したが、瑠花は凹むこともなくちっちっちと指を振った。
「甘いわね、敦」
「? なに」
「今まで私が敦の前で靴を脱いだことなんてあった?」
胸を張って得意げに言う瑠花に紫原は少し考え、それからふるふると首を振った。
「ないね」
「だからいいのです」
問題ナッシングと瑠花はいつもより高い位置で頭を紫原の胸に押し付けた。
「そっか。いいのか」
分かっているのかいないのか、紫原はそれを受け入れてよしよしとその頭を撫でた。
その後、はい、あーんと瑠花が差し出してくる菓子を食べるのもいつも通りである。瑠花の頭の位置が変わっても、紫原は何事もなかったように過ごしていた。本当に努力しがいのない相手であるが、紫原が相手ならばそれでも構わないと瑠花が思うのは惚れた弱み、恋は盲目ということであろう。
部活に行く時間となり、別れ際に紫原はなんでもないように言った。
「ねぇ瑠花ちん」
「? なぁに?」
先程とは逆のやりとりを交わして瑠花は紫原に対して首を傾げた。
「瑠花ちんさぁ、瑠花ちんはいつも位のサイズがちょうどいいよ。なんか、その高さ収まりが悪いし」
その言葉に瑠花が目を瞬かせている間に、紫原はじゃあまたね、と立ち去る。氷室も瑠花に軽く会釈してそのあとを追った。手を振ってそれに返し、瑠花はしばらくその姿を見つめていた。
「いつも位、ねぇ…」
足元に視線を下ろせばいつもと違う靴の、高いヒールが見える。それから顔をあげて2人が進んだ道を見た。
唇の端をつり上げる。正直、背丈が高くなっていることに気づかれるとは思っていなかった。まさか紫原が気づくなんて。
「ちょっと、急ぎすぎたかな」
中敷きを無くすか、それともヒールの高い靴をやめて中敷きはいれるか。迷うところだ。
「とりあえず牛乳は飲み続けて、寝る子は育つ戦法かなー」
好きな人の抱く好きな人像に少しでも近づきたい。背が高い子が好きだというのなら、一ミリだって高くなりたい。
少しずつ少しずつ彼の理想に近づいて、いつかその理想像にピッタリの姿に収まれば、なんて夢を見て瑠花は靴を脱いだ。
「…いった〜…これ靴擦れひどいわ〜」
とりあえず、靴は戻して中敷き戦法にしよう。瑠花は心に決めた。


 

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