:: 愛の道も金次第(かも)


「福井ぃ、あんた月バスずっと買ってたよね? それってずっととってあんの?」
「あ? あぁ」
普段と変わらぬ調子で掛けられた声が本当に普段と変わらなかったので、福井は何気なく振り返って後ろに座る瑠花に目を向けた。だが、思いがけず真剣な眼差しが向けられていて福井は正直一瞬怯んだ。試合中勝負どころで仕掛けてくる強豪とその目はよく似ている。完全に勝負人の目だ。
そんなギラついた目をしたまま、瑠花は机に両肘をつき、口の前で両手を組んだ姿勢で言った。
「帝光中、キセキ特集が組まれた号があったハズだ」
「ん? あぁ、あったな」
キセキ、と瑠花の口から出た瞬間に福井は瑠花の目的を理解した。理解した瞬間、今までのプレッシャーが霧散する。力を抜いた福井に対し、瑠花はその姿勢を崩さずに言った。
「言い値で買おう」
「マジかよ、じゃあ三万」
「分かった。分割でも良い?」
「マジかよ、定価いくらだと思ってんだ」
千円もしない雑誌の、それもどうせ瑠花の目的は可愛い可愛い後輩の特集が組まれたページだけだ。たったそれだけに諭吉を三万も出すなんて正気の沙汰じゃない。
目を覚ませ、と言う福井に瑠花はようやく表情を崩した。机に伏せ、声をあげて泣き咽ぶ。
「バックナンバーももうないんだもん手に入らないんだもんコピーじゃヤなんだもん原本が欲しいんだもん敦が愛しいんだもんんんん…! 敦が手に入るなら諭吉三人くらい安いものよ!」
「いや、敦は手にはいんねーから」
手に入るのはあくまで紙面の紫原だ。実物が同じ校内にいて、会えて、福井は絶対に行わないが瑠花はハグさえもしているのだからそこまで価値などないのではないかと福井は考えるのだが、愛に生きる乙女の価値判断は福井のものとは異なるらしい。
「そこには私の知らない敦がいるじゃん私は会うことが叶わない敦が。私には会えない敦が…! あああああ、敦ぃぃぃ、どうして貴方は敦なの、どうして貴方は敦なのおおおお」
「帰ってこーい、もしくはもうこっち帰ってくんな」



「敦がジュリエットで私ロミオの劇やりたい。マリー・アツシワネットも可愛かったけど、私と敦のラブロマンスやりたい」
「えー、俺台詞覚えんのめんどいし〜」
「まず配役に突っ込むべきアル」
紫原の口にグミをいれて、瑠花は空いた紫原の両手に自分の両手を繋いでぶらぶらと揺らしている。紫原はされるがまま、不満そうな瑠花を見下ろしていた。それを横で見ていた劉はツッコミ不在の状況に思わず反応し、氷室は笑っている。
「でも、確かロミオとジュリエットって、悲劇じゃなかったっけ〜? 瑠花ちんは悲劇が好きなの?」
「そう悲劇。でも、2人で絶えて生まれ変わったら私も敦と同い年になれるかもしれない、それってとっても素敵だなって」
紫原の咀嚼が終わったのを見計らって瑠花は手を離してまたグミを紫原の口に入れた。酸っぱいコーティングがされたそれに、わかりやすい反応をする紫原を見て瑠花の胸は跳ねた。
「敦は年上の人をどう思う?」
おまえという奴はなんてことを聞くのだ。
氷室がさらりとぶつけた疑問に瑠花は信じられないものを見る目を氷室に向けたが氷室は気にする様子もなく紫原の答えを待っている。酸っぱさに慣れた紫原はいつもの顔に戻っていて、ん〜? と首を傾げた。
「どうって、別に。特別年齢とか気にしねーし」
「先輩は敬うべきアル」
「いやあんた人のこと言えないの私知ってるからね、岡村に対する態度結構酷いの私知ってるからね」
コロコロと適宜ボケとツッコミを担当しながら会話は進んでいく。
「アツシはよくも悪くも水乃星先輩が先輩だってことあまり意識してないみたいですし、ロミオとジュリエットなんて物騒なこと言わないで、一緒に遊んでればいいんじゃないですか?」
少し苦笑を混じらせながら、それでも説得するように氷室は瑠花に言った。それを受けて、瑠花は頷きかけながらも眉を寄せた。
「んー、でもさぁ、同い年だったら学校生活3年間一緒に居られたわけでしょ。今の年の差だと居れて1年だし。中学の段階で会えてれば、キセキ特集の月バスだって買えてたかもしんない。あーやっぱ同い年になりたかった同い年がいいよおおお敦私悲しいハグしてハグー」
「はいはい、ハグー」
ぎゅーとぬいぐるみを抱きしめる感覚で抱きつき合う姿は年頃の男女のものとは思えないほど幼い。だから周りもつい止めるのを忘れて見守ってしまうことが2人にとって僥倖なのかは分からないが、少なくとも瑠花にとっては幸いだった。
癒される癒されると紫原の胸に頬を、額を押し付ける瑠夏を受け止めながら、紫原はふと気が付いた。
「月バスって、中学んときの、みんなでなんか取材されたやつ?」
「そうそう、アツシの晴れ姿が収められてるやつ。あれもう手に入らないんだよ…。ちくしょう、この世にショタ多すぎるだろジーザス…」
「中学生はショタアルか」
「ショタアルよ」
マジでか、と自分の腕のなかから発せられるそんなやりとりなど気にもとめず、紫原はうぅんと唸り首を傾げていた。
「どうした? アツシ」
「ん〜、その号、うちに何冊かあるかもしんない」
「えっ?!」
頭上から降ってきた衝撃発言に瑠花は思わず紫原から身体を離した。目を丸くして紫原を見つめれば、紫原は普段通りの様子で言葉を続けた。
「俺のページがあるからってお母さんが超舞い上がっちゃってね〜、何冊か買ってた気がする」
俺要らないから、あったらあげようか? と言う紫原に瑠花は首が外れそうな程勢いよく何度も頷いた。
「じゃあ聞いとくね〜」
そう言った紫原の後ろにキラキラと眩い後光を瑠花は確かに見た。神は此処に。主はいませり。
「最高だよアツシぃぃい!!!」
ぎゅううと抱きついた瑠花が、実物を渡されたときまた紫原が苦しがる程の力で抱きついたのは言うまでもない。



「んだよ、良い小遣いゲットだと思ったのによー」
瑠花が件の月バスを紫原から手に入れたと知った福井は唇を尖らせた。
「そんなこと言って、そんな大金で売りつける気なんて最初からなかったんじゃろ」
「…けっ」



 

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