:: 欲望には忠実に


「キャアアアア!! COOOOL!!! 超COOLだよ敦ィ!! 主はいませり!! 主はいませりぃ!! ね、ねぇちょっと写真、写真撮っていい?? あと写メ! 待ち受けにする!! そして携帯開けるたびに悶絶するから!!!」
「瑠花ちん怖い」
「落ち着けよ痴女。うちのエース怖がらせんな」
紫原が髪を結んだ。理由は暑いから。ただそれだけだったのだが、いつものように練習を見ていた瑠花は悲鳴をあげてカバンから携帯電話とデジタルカメラを取り出し発狂していた。そのあまりの騒がしさに思わず部活の練習が止まる。
「水乃星!! おまえ練習の邪魔するんなら出てけ!!」
「ごめんなさい先生でも許して!! こんな敦前にして冷静でなんかいられない!!! カッコいい! カッコいいよ敦!! 抱いて!! その逞しい腕で私を包んで!!!」
謝りながらも瑠花はずっとシャッターを押している。右手でデジタルカメラ、左手で携帯電話を操る瑠花は我ながらこんな器用な真似が出来るとはと何処か他人事のように思ってさえいた。
「可愛い可愛いと思っていた敦がこんな男前だったなんて…迂闊…っ! この水乃星瑠花、一生の不覚だわ…!!」
ついにはその場に崩れ落ちて震えている瑠花の前に劉は立って、そんな瑠花を見下ろした。
「っていうか、写真撮っていいなんて許可してねーアル。削除するアル」
「やめてー!! 私の脳内に刻み込んだけどお願い消さないでー!! 後生だから消さないでー!!」
「日本語よくわかんねーアル」
「いやー!!」
「やめたげて。瑠花ちん可哀想」
この世の終わりだと言わんばかりに叫ぶ瑠花を流石に哀れに思ったのか、当事者である紫原が言う。
普段、慈悲の心をあまり見せない紫原であるが、瑠花の余りの興奮と嘆きに戸惑いを隠せないままおずおずと言った。
「瑠花ちん落ち着いて。なんなら俺、ゴム取るから」
「取らないで! お願いそのままでいて!!」
瑠花の叫びにゴムにかかった紫原の指先が止まる。
コントのようなやりとりに、瑠花のことは認識していても紫原のことが好きな先輩、という認識しかしていなかった氷室は少し驚いたような顔をしてそれを見守っていた。
「すごいですね、水乃星先輩は本当に敦のことが可愛いんだなぁ」
「水乃星の趣味をとやかく言う気はないが、それで練習を止められちゃ敵わんわい。水乃星、良い加減落ち着かんか。ホレ、練習再開練習再開」
パンパンと手を叩き、岡村は部員の意識を引き寄せる。紫原も瑠花の側を離れて行った。
「あぁ敦…カッコいいわ、カッコいいわ敦…最高よ、あんた最高だよ…。セクシーだわ、キュートだわ、どっちも大好き…生きててよかった、お母さん私を生んでくれてありがとう…」
悟りの境地のような達観した表情で瑠花はそれでもシャッターを切り続けている。
「現像したら絶対フォトブック作る。絶対、絶対」
「それ恥ずかしいし」
練習が終わり、燃え尽きたように座り込んでいる瑠花の横でタオルを首にかけながら紫原はしゃがみ込んだ。
無造作に汗を拭きながらパタパタと胸元を掴んで風を送り込む紫原は今だ髪を束ねたままだ。そんな紫原を見て、瑠花は今にも生き絶えそうな、それでいて穏やかな表情で言った。
「敦…お願いがあるの…」
「なぁに瑠花ちん」
俺にできることならなんでもするよ。ふるふると震えながら伸ばされた瑠花の手を取り紫原は言う。まるで今際の際のようなやりとりをしながら、瑠花は己の願いを口にした。
「今度、その髪型のまま私服と制服、両方撮らせて…がくり」
「瑠花ちん死なないでほしいし」
言うだけ言ってがくりと力尽きた瑠花の頭を荒木が叩くまで、瑠花は安らかな笑みを浮かべた屍のままでいた。その手には、固くカメラが握られたまま。



 

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