:: 目撃


いじめの現場だ。瑠花はそう思った。だってこんなのおかしい、おかしすぎる。高尾の家の前に置かれた、自転車に繋がれたリアカーを見て瑠花は意を決したように高尾の家のインターホンのボタンを押した。



「いやいじめとかそんなんじゃねーから。あれ一応ジャンケンで漕ぐの決めてんだよ。俺勝ったことねーけど」
「…ジャンケン」
握った手を振ってそう言えば高尾も反射のように同じ仕草をした。ポン、と出した手は瑠花はチョキ、高尾はグーだった」
「弱くないじゃん」
「いや、ジャンケンに強いとか弱いとかないだろ。動体視力と反射神経がよっぽど優れてりゃ別だろうけどよ」
勝つも負けるもあいこも確率は等しく3分の1ずつ。そこに多少の癖だとか確定的な要素が入ることがあるにしても、少なくとも瑠花と高尾の間に駆け引きはない。
「その緑間?は、そんなに目がいいの」
「いや並じゃね? 眼鏡だしってかなんで緑間の名前疑問系なの」
「でも絶対勝つの。だって合ってるか自信がない」
「今んとこな。うそつくなよ、おまえ緑間知ってんじゃん一緒に雑誌見たじゃん」
「じゃあやっぱりズルしてんだよ、その緑間?ってのは。出なきゃそんな勝つわけない。んなの覚えてない」
難しい顔をして駄々をこねるように言い募る瑠花に、高尾は困ったように眉を下げた。そして、一応緑間がそんなにジャンケンに強いのは理由があるのだと少し尖らせた唇で囁く。そして立てた人差し指をその唇の前に持ってきた。その密やかな空気に瑠花は思わず身を乗り出して一体何事かと息を詰めた。
「緑間のジャンケン必勝法、それはな…」
「……」
喉を鳴らす音さえも響きそうな張り詰めた空気のなかで、高尾は真剣な表情をして言った。
「おは朝占い。それのラッキーアイテム。それさえあれば運命は補正されて、勝負事には負け知らずときたよ」
「……」
瑠花の視線の温度が下がる。そして言った。
「バカ?」
「俺が言ったんじゃねっての。緑間が言ったんだもんよ」
「そんなこと言う緑間も、それを信じるあんたもバカ」
心の中の澱を全て吐き出すかのような溜息を吐いて、瑠花は頭を振った。それから子供を諭すような生ぬるい眼差しを高尾に向けて言った。
「大丈夫、私は口が固いから。私が秀徳にバスケ部でいじめがあるって電話する前に、お姉さんに正直におっしゃいなさいな。溜め込むのいくない。ね?」
「いやいやいや、だからマジないから、いじめとかないから。だから電話とか絶対すんなよ、マジすんなよ。もし問題になって緑間が活動停止とかになったらシャレになんねーし、問題として取り上げられる時点であいつ絶対気にするからあれでなかなか繊細なんだからな」
やめろよと念を押されて瑠花は不満気に口を尖らせた。子供染みたその行動に高尾は首をすくめて床に膝をつき、自分が机の椅子に座り、瑠花が床に座っていたがためにずれていた視線を合わせ、宥めるように言った。
「ホント、大丈夫だから。俺がんな面倒なことに巻き込まれたりするタイプじゃないっての、瑠花も知ってんだろ?」
「知ってる。…でも、なんか、違うもん、今までの高尾と」
「そりゃ高校生になりましたからね」
「…高尾のバカ」
もう知らない。そう言って瑠花はその場から立ち上がった。そして高尾の部屋から出て行く。背中に声が投げられたが聞かなかったふりをした。気をつけて帰れよなんて、徒歩10秒のお隣さんに向かっていう言葉じゃない。
自分の部屋に帰ってきてベッドに飛び込む。スプリングの弾力を感じながら落ち着くまで身を任せた。
幼稚園から中学生まで一緒で、初めて違う道を歩いた隣の男の子。だいたいのことは知っていたのに、高校生になったら急になにもわからなくなるなんてそんな、そんなの。
「高尾の、バカ…」
呟いて溜息を吐く。じたばたと足で布団を叩いて力尽きたように落ち着いた。
あんただって、私のことちっともわかってなんかないんだからね。
心の中で呟いて、瑠花はじぶんの気持ちに気づかないふりをした。


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