例えば、今まで才能に溺れてまともに話したことも無いセンパイを見ているとここ、ここんとこ。何故か心臓の辺りが痛くなったりして。
例えば、引退した筈の先輩が部活を覗きに来た日にセンパイがソイツと喋ってるのを見ると無性に苛々してきて。
それを遠回しに中学の頃のやたらキラキラしてる奴に相談したら「それは恋っスよ!」なんて言われちまった。
「恋、ねえ…」
いつも通りに授業をサボって屋上で寝ころんで居た俺は特にすることも無かったからそのセンパイについて考えてた。恋、だなんて笑わせる。
まず俺とセンパイは男同士だっつの。鼻で笑ってみたのになんかしっくり来なかった。じゃあ若松サン見てる時変な気分になんのはなんなんだよってことで。
若松サンは俺のことに正直うぜえってくらい口出してくる一個上のセンパイだ。さつき並みなんじゃねえかな、何であんなに拒否っても何回も何回も話しかけて来るんだか。
俺が誰かに話しかけて同じように拒否られたとしたら腹に蹴りでも入れてると思う。いやマジで。それなのに、何であんなに構って来るんだよ。
なんか若松サン見てっと言葉じゃ上手く表現出来ない不可解な感情でいっぱいになる。
負けたときに見たような泣きそうなカオしてっと支えてやんねーとって思うし、メンドクセーこととか勘弁して欲しいのにな。
褒められるとガラにもなく嬉しくなるし、まあ頑張ってもいいかな、なんてことも思う。
あ、笑ってるとこ見てっとこっちまで笑いが出てくる。
これって。
ストンと結論が胸に落ちてきたのと同時に、ケータイの着信音がもうすっかり赤くなり始めてた屋上の空に響いた。ケータイを手繰り寄せて耳にあてる。聞こえて来たのは聞き慣れたさつきの声。
「大ちゃん?!もう部活始まってるよ。早く来ないと若松さん怒っちゃうからね。」
「…さつきぃ」
「? どうしたの」
「ワリーけど今日は最後辺りにカオ出すくれーしか出来ねえわ。帰りはちゃんと送ってってやっから待っとけ」
「何言って」
ブツリとこちらから通話を終わらせる。自覚したことだしウジウジしてんのは性に合わねえモンだから黄瀬に電話して簡単なことを尋ねる。
――黄瀬ぇ、こないだのお前の、当たってたわ。
――は、テメーに言われるまでもなく振り向かせるに決まってんだろ。
なんて、やりとりをして。
空が随分と暗くなっていた。いつも練習が終わって若松サンが出てくる時間、それを見計らって体育館の前で待つ。カチャカチャと金属音が近づいて来るのが分かったから半開きだったドアを限界まで開けてやる。
「は、なんで開いて…って青峰?」
「ちス、若松サン」
「おま…、もう練習終わってんぞ、サボりか?」
「今日は考えごとしてたから来れなかった、けど結論出たからアンタに伝えに来た」
俺より1cmだけ高い目線に少し苛立つ。いつかぜってぇ抜いてやっからな、なんて考えて後頭部を掴んで無理矢理こっちを向かせた。
「なに、す」
なんか言い掛けた口を塞いで距離を0にする。驚いて目を見開くって、そうそうそんな反応が見たかったんだよな。数秒だけ口付けて、笑って見せる。
「若松サン、俺アンタのことスキみたいだからそこんとこヨロシク。」
「は、っあ、お、みね?」
(アンタの気持ち全部こっちに向かせてやるからカクゴしとけよ、センパイ?)