注意:大学生宮地×高2高尾


*



世間が甘ったるい匂いに包まれる。
ピンクだったり桃色だったり、乙女チックな色で彩られた通学路を通れば、ああそうか、今日はバレンタインだったか。
一人で納得。
別に俺がそれに無縁な訳ではない。
毎年何人かの女子に声をかけられて、体育館裏とかベタな場所でチョコとともに想いを告げられる。(まあ、それは全部断ってるんだけど。)
正直今まで知らなかったヤツに貰ってもあんまり心に響いたりとか、無くね?

「あっ、真ちゃん。おはよー!」
「高尾か、おはよう」

バレンタインだなんだなんて関係なく朝練はあるわけで、白い息を吐き出しながら体育館へ向かう。
今日のエース様も絶好調。
ピシッと綺麗な姿勢は寒さなんて寄せつけなさそうなのに、鼻の頭が真っ赤で少し笑える。
秀徳の練習は最初はキツかったけど、それも二年目となればだいぶ板についてきた。

「あ、今日の午後練のメニューってさ、ちょい早めに終わるようにしても良い?」
「構わんが…、お前がそう言うのは珍しいな。」
「俺と真ちゃんいっつも最後まで残ってるしなー。真ちゃんは今日も自主練するワケ?」
「ああ。部活時間だけではノルマ達成は難しいだろうし、今日は星を見ながら帰ると良いことがあるらしい。」
「ぶっは、おは朝マジ意味わかんねぇ!」

一年前はこんな風に長々と冗談を言い合うなんてこと無かった。
そう考えてみると緑間も俺に少しくらいは心開いて来てくれたってことでオッケー?
…なーんて、このくらいのことでご機嫌になれるくらいには俺は単純。
今日は帰りが遅くなるというメールを母親に送り更衣室を出れば、パラパラと練習を始めている奴らも居て、少しばかりお喋りが過ぎたかと反省。

「練習はじめっぞー、コートに礼!」

秀徳高校2年男子バスケ部主将ポジションはPG、って肩書きを背負う俺は、その役目を一年の節目を迎えようとしていた。

「高尾、携帯が鳴っていたのだよ」
「マジで?サンキュ真ちゃん!」

午後練も無事に終わり、監督の指示を仰いでから更衣室に戻ってきたらそこに居たのは緑間だけ。
つーかみんな帰んの早くね、やっぱバレンタインだからだったりして。良いねえリア充ってのは。
何となく鼻歌を歌いながら、学ランを身につければ汗もだいぶ引いてきて若干寒い。
今日は悪いけど、緑間には歩きで帰って貰うことになるってのを謝ってみればなんとまあ、意外と快く許してくれた。
今日の蠍座運勢良いんじゃねえのコレ。
鍵を渡して体育館内の時計に目を遣ると午後七時三十分、…ちょーっと時間ヤベーかも?
ロクにマフラーも巻かずにチャリに跨がって全力で走り出した。目指すのは愛する彼氏様が待ってるアパートの一室。

「遅えよバカ尾」
「っは、これでも、めっちゃ頑張ってチャリこいで来たんすけど、」

中々整わない息のままインターホンを押せば照明の光と同化しそうなくらいの綺麗な金髪が顔を覗かせた。
髪から少し視線を落とせば不機嫌そうな表情。
練習終わってから超急いで来たんだぜ?あ、リアカー解いてきたからそれに時間食ったのかも。
そう伝えればそれだけじゃねえだろって小突かれた、痛い。
毎度毎度思うけど、宮地サンは恋人に対する態度を少し考えた方が良いと思う、愛想尽かさないのも俺くらいでしょ。
俺の彼氏様な宮地サンは、どこまでも我が儘な人。

「つーか汗臭いからシャワー行ってこい、着替え出しといてやるから」
「うぃっす、ドーモ」

バスタオルを渡されて、(多分投げられたって言った方が正しい。)大人しくシャワーを借りることにした。
今日は練習後に部室のシャワー使わなかったし有り難い。
ていうかむしろ、シャワー借りる気満々で来たんだけどさ。

「宮地サーン、少し肌寒いんでカーデ貸してください」

宮地サンちに置かせて貰ってる俺の服に袖を通して風呂場を後にすれば、少し寒かった。
風邪引いたりしてたら笑えないんだけど、マジ。
顔面狙って投げられたそれを当たる寸前にキャッチして羽織った。あ、宮地サンのにおいがする。
ベッド横のテレビがよく見えるいつもの位置に宮地サンが居ないと思ったらキッチンに立ってた。

「ねー、宮地サン、俺さ、チョコ準備出来なかったんすよ。ごめんなさい」
「俺も流石にあの女子の群れに入って行けとは言わねーよ」

バレンタイン前のチョコ売場ってのは戦争で、いつ行ったって女子で溢れ返ってた。
板チョコだけ買って手作りするってなのも考えたけど、妹ちゃんに作り方教えてって頼むのは流石に俺でも恥ずかしい。
絶対誰にあげるのかとか聞いてくるだろうし。

「だからほら、あんま気にすんなよ」
「んー…でも、」
「ハイハイ。いつまでもごちゃごちゃ言ってっと刺すぞ」

キッチンから色違いで買ったマグカップを持って来た宮地サンが片方を俺に渡す。
受け取ってお礼言ったら、俺より少しばかり大きくて温かい手のひらが髪を梳いた。
宮地サンの手は好き。
いつもすごい暴言吐いたりするくせに、その手のひらはあったかくて安心する。

「ごめんね宮地サン。恋人らしーことしたかったのに。」
「今日平日だし、練習もあっただろうが。」

良い音を発ててデコが弾かれた。
あまりの痛さに額を抱えれば、鼻で笑ったような声。アンタのデコピンほんと痛いんすよ、力加減してってば!

「ま、ソレ飲んでキゲン直しとけよ高尾クン?」
「…宮地サン俺のこと甘く見過ぎっしょ、そんなお手軽に機嫌直したりしないっての」

余裕綽々な宮地サンを見てると文句言うのも馬鹿らしくなってマグカップを口元に近づけた。
あれ?なんかいつもと違う匂いがする。

「…っやじさ、これって、」

少し動かしてカップの中を覗き込んでみたら、どろりとした甘い匂いをさせる深い茶色。
慌てて宮地サンを見たらほくそ笑んでた。
畜生そんな顔も格好いいとか。

「お前、簡単に機嫌直らないんじゃなかったのかよ」
「だって、コレ、宮地サンが、」

マグカップに注がれてたのは所謂ホットチョコレート。
いや、だってまさか宮地サンからこういうことされるとか思ってなかったし。
恋人らしいことって俺がアクション起こさないと宮地サンは付き合ってくれないし、あーもう何コレ、心臓に悪い。

「世間では逆チョコってのも流行ってんだとよ、どーだよ今のお気持ちは。」

言わなくても分かるくせにそんな風に聞いて来るとか、本当なんなの宮地サン。
今日の宮地サン怖いくらいにイケメンふりかざしてんじゃん。
なんとなく恥ずかしくて、顔を逸らしてカップの中のそれを一口啜る。
こくりと飲み込めばふわりと体温が上がった気がして、残る後味に促されるように呟いた。

「…スゲー幸せ、です。」

それを聞いた宮地サンが柔らかく笑うから、俺もう心臓持たないかも。




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