キセキの世代、赤司征十郎。
準決勝でそいつに破れたそのとき、その瞬間。俺の前から、あの人が消えてしまうのは決まってしまった。



「…ちーっす」

扉を開けてるってのに熱気の籠もる体育館は、普段より人が少ない。勿論、理由も分かっているけど。

密度の低いこの体育館の風景に、いつか慣れてしまう日が来るんだろうか。

叶うならそんな日なんて一生来なくて良いのに。それでも時間は過ぎるし、卒業する頃には当たり前のように、それを受け止める自分が居るのだろう。

「高尾。」
「はいはーい!どったの真ちゃん、早速我儘1回目使っちゃう?」
「馬鹿め、三回しか使えないのだからこんなに早く使うわけが無いだろう」
「はは、ンな怒んなって!」

本日もエース様は絶好調のようで、その手から放たれるボールは、綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれていく。

なんで俺はこのシュートを最大限まで生かして勝利へ導くことが出来なかったんだろう。

もしあの試合で勝てていれば、今もまだ。


「…高尾。あまり阿呆面を晒すな」
「え、俺そんなにヒデー顔してた?」

不覚。緑間でも気づくほどなんて、どんな酷い顔をしてたんだろう。

「春には後輩も入って来るんだぞ、仮にもレギュラーのお前がそんな顔をしていては示しがつかん。」
「んー…、そーね真ちゃん。気をつけまっす!」

いつもの様に返せたのか。あれ、いつもの俺ってどんなのだろう。

緑間はもう、来年の大会のことを考えてる。俺も早く気を入れ直さないといけないって分かっているけれど。頭では解ってるのに心がついて行かない。

宮地サンが、何処にも居ない。


一緒のコートに立ってたあの柔らかな黄色が消えてしまった。

練習後に気紛れに撫でてくれたあの大きなてのひらとか、楽しそうに細める双眸とか、あんなに鮮明に思い出せるのに。
宮地サンは、居ないんだ。もう一緒にコートには立てないんだ。


「ああそうだ高尾、先程監督がお前を呼んでいた。」
「へ、監督が?真ちゃん、何の用か知ってる?」
「知らん。…俺は確かに伝えたからな、聞いていないなどと言うのは無しだ」
「へーい、ありがとな真ちゃん!」

監督がこの時期に個人呼び出しって何の用だろうか。素行も特には悪くないだろうし。
っていうかむしろ良過ぎるくらいだと思う。試合に出れなくなったらと思うと、何も出来なかったから。先輩たちにも強く言われてた。


「失礼しまーす…っと」

キィ、と軽い音を立てて動く扉を潜って監督の待つ職員室へと足を踏み入れる。そこには受験を目の前にした三年が溢れかえっていた。
…別にあの人が居ないかなとか、そんな女々しいこと考えてないけど。

「中谷セーンセ、緑間に聞いて来たんスけどー」
「来たか、良かった良かった。コレ、今度からのユニフォームね」

はい、と軽く渡されたそれを凝視する。今度からの、って事は、三年の先輩たちを抜いて考えたヤツってこと。
ほんとに宮地サンはバスケ部から居なくなるんだって、痛感してしまった。

受け取ったけど、でも、俺はこの番号は要らない。宮地サンが居ない番号なんて要らない。


なんて、我儘も言える訳がない。
仕方なしに体育館へと引き返し、扉を開ければ緑間になにか言われた気がするけど悪い、ちょっと今聞いてられない。

「…つっ返せるモンじゃねぇしな」

何度も何度も数え切れないくらいにため息を吐いた。逃げれる現実ではないし、目を背けていてもなにも始まらない。
意を決して渡された紙袋の中から綺麗に畳まれたそれを手に取る。

息が、止まるかと思った。

視界に入ったのは、8という数字。
ついこの間まであの人が、宮地サンが背負っていた番号。
その番号を継げたことが何よりも嬉しくも思うしそれを重圧とも感じる。
俺なんかが継いでいいものなのか、あの頼れる背中には程遠いのに。

縋るような気持ちで視線をさまよわすけど、それでもやっぱり、あの蜂蜜色は此処には居なかった。


*

(ねえ宮地サン。俺まだ1人じゃ駄目みたいだから、帰ってきてよ。)


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