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ぼくのかみさま


好奇心というものは猫を殺すそうです。兄さんが教えてくれました。僕が主様に庭に咲いているあの花はなんですか、実は成りますかと尋ねたら、主様は「五虎は本当に好奇心旺盛ね」と仰って、それから兄さんがそのことを笑いながらいいました。好奇心は猫を殺す。僕は怖くなって足元にいた虎二匹をぎゅうと抱きかかえました。虎は猫さんの仲間なので急に不安になったのです。こら、と主様は兄さんをひと睨み。兄さんは舌をちらりと出して、しまったという風にまた笑いました。

「大丈夫よ、五虎、これは外つ国の諺だから」

主様はよしよしと僕を大きく撫で、ついでに虎まで撫でてそういいました。主様が大丈夫と仰るなら、それはきっと、本当に大丈夫なのです。
そんな主様は黒猫に似ています。跫を立てず、しなやかに廊下を歩く様は猫以外の何者でもありません。誰が歩いても軋む廊下は、主様が歩くときだけは悲鳴をあげません。いつも黒い着物を着ているので、黒猫です。たまぁに赤や青や緑の着物を着ている主様を見ると嬉しくなるくらいに黒ばかり。主様は黒がお似合いです。
僕はその晩、布団のなかで「好奇心は猫を殺す」の言葉について考えました。どうして形のない好奇心が、猫さんを殺してしまうのでしょうか。暖かいお布団のなかはとても安心できて、少し怖くても平気です。僕は欠伸をして、瞳を閉じました。寝ているのと起きているのの、ちょうど間。ふわふわと身体が沈む感覚がとてもすきです。眠気に包まれ始めたとき、誰かの脚がまた僕を蹴っ飛ばしました。今度は腰でなくて肩です。一体、どんな寝相なのでしょう。起き上がって瞼を擦ります。あれあれ、寝たときは同じ向きの枕だった筈なのに、小夜くんの頭は僕と反対を向いていました。
一度眠気が晴れるとなかなか寝つけないのが僕の悪い癖です。お散歩でもしたいのですが、こんな夜更けに外になんか出られません。といっても、僕たち短刀は早々に寝ているけれどきっとお兄さんたちはまだ寝ていない筈です。勿論、主様も。あ、そうだ、いいことを思いつきました。主様に「好奇心は猫を殺す」について詳しく訊く良い機会です。僕は布団からそっと抜け出しました。
ぎし、と廊下が軋みます。僕は指先を吐く息で暖めながら、この間の岩融さんのことを考えていました。主様となにかよくないことをしていた次の朝、岩融さんは僕を見ても全くいつもと同じように「相変わらず朝早いな五虎退は」と豪快に笑っていました。僕は勝手に気まずくなって、もじもじとしました。主様もそれを見てもなにも反応せずいつもと同じだけ朝餉をゆっくり食べていて、やっぱり、異質なのは僕だけなのかもしれません。
今夜は岩融さんは遠征で本丸にいません。僕はちゃんと知っています。だから安心して主様に甘えられるのです。主様のお部屋の前まで来て、きちんと灯りが点いているのを確認します。ゆっくり動く大きな影は舟を漕いでいる主様の姿でしょうか。驚かせてやろうと僕はそっと障子を開けます。音を立てないよう、するすると。僕ひとりがやっと通れるくらいに障子の隙間が出来て、

「あるじ、さ、ま……」

僕はそう呼んだ口を慌てて押さえました。同じ。この間と全く同じです。主様はなにも着ておらず、泣いているみたいに顔をくしゃくしゃにしていました。脚を投げ出して、ぴんと爪先を伸ばして。違ったのは主様に乗っかっているのが蜻蛉切さんという点でした。
蜻蛉切さん。僕は蜻蛉切さんが好きです。大きな背中が気持ちよくて、それに僕たち短刀にすごく優しくしてくれるからです。蜻蛉切さんは主様にとても忠実で、兄さんの言葉を借りれば紳士です。
ところがいま僕が盗み見ている蜻蛉切さんはいつもの蜻蛉切さんとは違いました。悔しそうな、苦しそうな顔をしています。僕たちが束になっても敵わない大きな腕は震えていて、その先の大きな掌は主様の細い首を絞めていました。僕は悲鳴をあげそうになります。蜻蛉切さん、なんてことを。悲鳴をあげずに済んだのは、主様が微かに微笑んだからです。

「楽しい?」

掠れた声で主様は蜻蛉切さんに問いかけました。

「ずっとこうしたかったんでしょう、蜻蛉切、私の首を絞めながらいいことをしたかったんでしょう」
「あ、主――自分は、そんな、そんなこと、」

困惑しきっている蜻蛉切さんの声は、それでも少し上ずっています。いいこと、と主様は仰いました。でも僕には岩融さんとしていたよくないことをしているようにしか見えません。どうして主様は別の刀剣とこんなことをしているのでしょう。泣き叫ぶみたいに、主様は蜻蛉切さんの名前を呼びます。僕は主様の首をぎりぎりと絞める蜻蛉切さんの大きな手を見つめていました。

「とんぼ、きり、ねえ、どう? わたしのくびは、」

蜻蛉切さんは「あ、あ、主」といつもとはまるで違った呂律の回らない様子で、またぐいぐいと手の力を強めているようでした。
主様のお顔がみるみる真っ青になります。蜻蛉切さんの腕を掴んでいた手ははたりと畳に落ち、ぴんと伸ばされていた脚もだらしなく解けました。あっ、と僕は思わず声に出します。

「あるじ、主、我慢ができません、自分はあなたを殺してしまいそうです、主」

それは、蜻蛉切さんの好奇心が主様を殺そうとしているところでした。主様はなにも応えなくなって、ただ蜻蛉切さんの下で揺れています。
僕は腰を抜かして、障子を閉めるのを忘れたまま必死に後退りしました。ぎしぎしという音もいまは蜻蛉切さんの咆哮に隠れます。主様は猫で、もしかしたら僕も猫だったのかもしれません。好奇心さえ出さなければ。僕が猫だったとして、にゃあと鳴くには口のなかが乾きすぎています。
僕の神様は涙の痕がついた頬で、泣き笑いの顔のまま目を閉じていました。


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