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お前が悪い


 冬と春の間――ちょうど名前がない季節。陽射しは暖かく風は冷たい。半袖の人間と厚手のアウターを着込んだ人間が入り混じる街並みは奇妙だ。カイジは所謂この春先≠ェあまり好きではない。気圧や寒暖差で集中力が欠乏し、金が稼げないからだ。そのうえ、どうも頭がぼんやりして――
「あっ、あ、んんっ」
 聞いたことのない痺れるような声が脳を揺らす。カイジは夢中で腰を振りながら汗に濡れた女の頸を舐めた。淫靡な味がした。
「イく、ぅ」
「ッ、オレも……」
 彼女の小さい背中が大きく震える。肩甲骨が浮き出し、シーツを掴む指先はとても白かった。カイジは彼女の収縮に合わせて薄いゴムの中に精液を吐き出した。はあはあと犬のような呼吸をする。汗なのか涎なのか分からない体液が顎から滴り落ちた。
 性器をゆっくり抜く。女はその動作にも感じた風に小声で喘ぎ、綺麗な髪を頬に貼り付けたままカイジと同じように乱れた呼吸を繰り返した。
 額から滴るぬるい汗、妙に冷たい窓からの風、天使を思わせる白い背中。その絵面の連なりにカイジは言葉が出なかった。
 小一時間前には彼女とセックスするなんて考えていなかった。だからこのにじみ出る汗も興奮と運動の為だけでは決してない――ないように思う。
「すごい……激しかったね」
 女は黙り込んでいるカイジに、マシュマロに似た甘く粉っぽい声でそう言った。彼女が着ていたニットのワンピースは丸くたぐまってベッドから落ちている。カイジはそれを拾い上げ、なにも考えずそのまま手渡しした。地味なグレーのニットワンピースだ。女がいつもつけている甘酸っぱい香水の匂いがふわりと舞う。
 セックスは好きだ。恋人がいた頃は定期的にしていた。しばらく相手はいなかったが、そういう店にいったこともある。ただ、目の前で気怠そうに腕を伸ばす女とセックスをするとはちっとも考えていなかった。こいつは友達の友達で、たまに一緒にギャンブルをやって、たまに家で酒を飲んで――ただそれだけの関係で、カイジにそんなつもりは全くなくて――それなのに、下着を着けようと身体を起こした女の豊かな胸に目が吸い寄せられる。途端にまた下腹部は熱くなり再度彼女を押し倒す。さっきは後ろから事に及んだせいで表情は確認できなかったが今度ははっきり見えた。笑ったような困ったような不思議な顔つきだった。
 剥き出しの粘膜に触れる。ぬるついたそこは難なくカイジの指を飲み込み、きゅうと締め付けた。
「あ、っ、カイジく、ん」
 女が腰をくねらせる。粘着質な水音と嬌声がますます彼を興奮させて、もう歯止めが効かない。ぶつけるように唇を合わせ、舌を絡める。「はぁ、んぅ」甘えた声と共に唇の隙間から涎が垂れ、身体の芯が疼いた。脚を大きく開かせ、先ほどよりもやや乱暴に挿入する。それでも彼女の淫部は悦んで受け止めた。
「あー……きもち……」
 ひたすらに快楽を貪る。いままでのセックスで最も興奮し、快感に溺れそうになる。
 誰よりも気が合うと思っていた。誰よりも話せると思っていた。誰にも言っていない秘密を打ち明けられる仲で、笑いのツボも同じで、誰よりもなによりも最高の友達と思っていたのに――もうなにもかもが崩れ、いま自分の下で悶える女がただの女で、ただの肉体に見えてしまう。
 どうしてだ、どうしてオレはいまこいつとセックスをしているんだ。
「……なんでだよ……」
 想いはそのまま言葉になって汗と一緒に落ちる。
 聞こえていないのか女は小さく喘ぐだけで返事はしない。恥じらうように口元を手で隠す仕草にまた興奮した。
 思い返せば彼女が部屋に来た時点で妙にそわそわした。身体の線がはっきり分かるニットと、胸を強調するようにかけられたショルダーバッグのせいだろうか。普段なら気にしないのにやけにそれが目について、香水にも当てられて、そうだ、だからこれは全部、
「ッ……お前のせいだ」
「な、に?」
「お前が悪い、こんなの、全部……ッ」
 お前のせいでもうお前を友達として見られないんだ。カイジは憎たらしいような悔しいような、形容し難い気持ちをぶつけるみたいに身体を動かす。女の腰を掴み、奥へ奥へと蹂躙を進める。細い腰が逃げるのを押さえつけ、ただひたすら貪る。女の胸はずっと波打つように揺れていて、それにこれはあくまでも全て彼女のせいで――吐きそうな衝動に襲われると同時にどうにかなりそうなほど興奮してしまう。
 舌だけを出して絡める。吐息と唾液がぐしゃぐしゃに混じっていく。
「ねえ、カイジくん……」
 女の熱い手がカイジの頬を包んだ。
「ん、だよ」
「あのね……ぜんぶ、わたしのせい」
 ふたりの動きが一瞬だけ止まる。地球の全てが静止したように錯覚した。一瞬、カイジが息を飲んだだけだ。
「カイジくんは悪くないよ、わたしのせい」
 濡れた唇で紡がれる言葉は甘美な毒だった。
 ぞわぞわとした思考の隙間を縫って女は繰り返した。全部、ぜんぶ、わたしのせいだよ。だいじょうぶ、わたしが誘ったんだよ、カイジくんは悪くないよ。その一つ一つにぐっと喉を鳴らしてしまうのだからどうしようもない。
 急に押し倒したのも、同意を取らずに行為に及んだのも、いま避妊具をつけていないのもどれもこれも、全部本当は――
 だらしなく開いたままのカイジの口を塞ぐように女は優しいキスをする。そして頭を抱き寄せ「わたしのせいにしていいよ」と耳元で優しく囁いた。毒がカイジの全身にまわる。
「くッ、う……」
 もうなにも考えたくなかった。カイジは女の肩に噛みつき、さらに性器を押し込む。ゴムの隔たりがない分先ほどより感触が生々しい。
「ッ……もう、でる、から」
「あ、っあ、うん、んっ」
 カイジは骨が軋むほど強く女を抱きしめ、そして果てた。
 頭はぼんやりしたままで、肉体だけが尚もはっきりと女を渇望している。霞んだ視界に映る女は変わらず笑ったような困ったような不思議な顔をしている気がした。

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