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或る昼下がり



 視線が重なった。
 私は恥ずかしくなって、思わず顔ごと目を逸らしてしまう。途端にむっとした表情で青木さんは口を開いた。──が、直ぐに閉じた。
 再び沈黙が続いてしまう。
「あの」
 口火を切ったのは私の方だ。
「奇遇、ですね。こんな処で逢うなんて」
 ひゅうと冷たい風に、髪を弄ばれる。
 嗚呼──此処は寒いから、と青木さんは例の小芥子顔で笑った。
「何処か入りましょうか。さんが風邪引いちゃ、困るし」
「あ、でも、お時間」
「いやいや」
 僕は暇人なんですよと彼は私の手を引いた。
 警察の人ってどうしてこうも暇なんだろう。木場さんも、いつも京極さんたちとわいわいやっているし。
 駅前通りのカフェーに入ってから、思った通りのことを青木さんに言ってみた。
「暇じゃあないんですよ、一応。お国の平和を守っている訳だし」
 悪い奴らをやっつけるんですと彼は芝居掛かった仕草で拳を突き上げた。
 それは人が少ない店内では妙に目立っていて、何だか可笑しくて吹き出してしまった。
「其処で笑いますか」
「だって、可笑しくて」
 青木さんは人差し指で頬を掻く。
 珈琲にありったけの砂糖を入れて、がしがしとかき混ぜる。
「どうしてあんな処に?」
私の問いに、
「さあ──何となく」
「何となくって……意味もなく駅に?」
 今度は青木さんが吹き出した。
「な、何で笑うんですか」
 少し腹が立ったので拗ねたような顔をしてみせた。
「すみません。名前さんの顔があんまりにも──その、間が抜けてて」
 失礼な。言って良いことと悪いことがある。
 ただ、彼の場合は悪意がないから困ってしまうのだ。
「本当はね。名前さんに逢いたかったんですよ」
「は──はぁ?」
 唐突な展開に、手にしていた角砂糖を落としてしまった。床にころり転がったそれを拾い上げ、青木さんはまた笑った。
「いきなり過ぎましたか」
「ていうか、何で駅にいるって」
「勘ですよ。嘘です、先輩の目撃情報がありました」
 視線が重なった。
 私は恥ずかしくなって、思わず顔ごと目を逸らしてしまう。
「僕のこと、お嫌いですか」
 青木さんは別にむっとしている訳でもなく。
「嫌いじゃないです」
 私の煮え切らない返事は、しかし沈黙を作り出すことにはならなかった。
「好きです、よ」
 これは、私と青木さん、どちらの台詞だっただろう。

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