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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




落つる終焉



 私が了承を得ずに部屋に入っても、里村先生は相変わらず背を丸め、何かに見入っていた。医者の癖に、科学者みたいだ。
 大体、先生は変だ。私が寂しがっても、内臓とか筋肉とかの話を始めるし。本人が楽しそうなのも理解できない。だから、初めから無理なお話だったのだ。
「先生……?」
「あれ、名前ちゃん。何か用かな」
「あ、ううん。いいの。手は止めなくていいです。書きながらでいいから、私の話を聞いてください」
 先生は解剖結果を書き記していた。蝶番を握る手が、じわりと嫌な汗をかく。先生のすぐ近くには、解剖に使うための医療器具がたくさんある。名前は知らない。血が付いてないから、洗ってあるのだろう。
「今日は二体も解剖したんだ。他殺死体と、」
「先生──……私と別れてください」
 愉しげな声を遮り、単刀直入に話を切り出す。
先生は口を噤んだ。まだ私に背を向けたままだ。一瞬、或いは数分間の沈黙があった。「ごめん、なさい」だからそのまま帰ろうとした。蝶番を握りしめ、部屋から出て行こうとした時、
「───……どうしてかなあ」
 先生が呟いた。
「どうして名前ちゃんはそんなこと言うの? そんなの嘘に決まってる。ああ分かった、最近相手してあげてないもんね。寂しいんだ。でも僕は忙しかったんだよ。その辺、名前ちゃんなら分かってくれてると思ってたんだけど」
「ち、違う……。私は、真面目に、」
「真面目? 真面目にそんなこと言っちゃうの? 嘘だよね。嘘に決まってるよね。だって僕は名前ちゃんのこと、何だって知ってるんだから」
 ぎぃ、と椅子を軋ませ、先生はゆっくり立ち上がった。こっちに近づいてくる。怖い。こわい、よ。
「ねえ、僕は本当に何だって知ってるんだよ。住所だって何だって。名前ちゃんの一番感じるところだって知ってる」
 足が竦んで動けない。先生はにこにこと笑って私の前髪を無造作に掴み、顔を上げさせた。よく見れば、先生の目は笑っていない。どんよりと、鈍い。
「何だって知ってる……名前ちゃんが、他の男を好きになっちゃったことだって」
先生は後ろ手で、何かを掴んだ。
「や、いや……やめて、先生……」
「嫌だ。止めない」
 メス、が、見えた。それは先生の眼と同じように鈍い光を放っている。先生は微笑んで、薄い刃を私の首に押し当てた。すうっと僅かな痛みが走る。
 ころされる、かもしれない。
「もっと早く、僕だけのものにすればよかった」
 ああ、もう終わりだ──……。

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