散々な一週間だった。 嫌いな上司に半時間ほど理不尽な嫌みを云われた火曜が一番酷かったが、嫌みがなかっただけで他の曜日も惨憺たるもの。使えない部下と勝手の利かない職場。社会に出る際、ある程度のことは覚悟していた。生きていくためには働かなくてはならない。当たり前のことだ。人の好き嫌いは我慢できる。だが毎日の非常識なくらいの仕事量には頭がおかしくなりそうだ。それひ大していい給料を貰えているわけでもない。 今日も部下の尻拭いで走り回った。明日は休みだ。少しくらい身体を休めても罰は当たるまい。明日といっても、もう数十分後のことだが。 と、伸びをしたところで電話が鳴った。非常識だ、こんな時間に掛けてくるなんて。 「もしもし」 不機嫌な様子が伝わるように応対してやった。 「僕だ!」 それは、私とは正反対の底抜けに明るい声だった。心当たりは一人しかいない。相手の意を介さず、非常識で、莫迦みたいに明るいのは 「もしかして、礼二郎?」 「もしかしなくても僕だ! 寝てたのか?」 「今から寝るところだった」 「遅いじゃないか。もうすぐ明日だぞ」 「知ってるわよ」 苛ついているから自ずと棘のある口調になってしまう。睡眠不足でいらいらするのだ。私のせいではない。 「明日は休みだろう。僕のところに来なさい」 「……疲れてるんだけど」 「それは声を聴いたら分かる。その様子じゃ眼の下に隈でも拵えているに違いない!」 「隈が見たいの?」 「とにかく来なさい。朝から来なさい」 変わった人だからいきなり何を言い出してもおかしくない。でもこれには腹が立った。人が疲れてるのに、呑気にして。私がどれだけ疲労しているのか分からないのだろうか。むかついたから「じゃ、明日行ってあげるから起きときなさいよ」と吠えて電話を切った。 時計を見る。 もう明日になっていた。 重い足を引きずって歩く。 着いた先は薔薇十字探偵社。扉の向こうには礼二郎が居る。憂鬱だ。一体、今日は彼にどれだけ疲れさせられるのだろう。 「おはよう」 扉の向こうには、誰も居なかった。 「おはようございます」 いや、和寅は居た。背中を丸めて掃き掃除をしていたから一瞬だけ気づかなかったのだ。 「礼二郎は?」 「寝室で」 「何よ。人の休日を奪っておきながら寝坊なんて」 「いえ、起きてます」 和寅に軽くお礼を言う。それから寝室に身体を向けた。怒鳴ってやろうと思い、私は寝室の扉を開ける前に深呼吸をする。 「れいじろ、」 「遅いッ!」 礼二郎は寝台に脚を組んで腰掛けていた。ちゃんと起きている。 「遅いぞ! さあ早く!」 「私ね、疲れてるのよ」 「だから分かっているといってるじゃないか」 ぐいぐいと手を引っ張って布団に連れ込まれる。こんな朝から。 やめてよと文句をいったら礼二郎は私をぎゅうと抱き締めた。「やめない」と真剣な顔で。 「寝るぞ」 「……え?」 「一緒に寝る」 顔を見たら、矢っ張り真剣なまま。礼二郎は私の眼の下を指差す。隈があるのだ。それをなぞり、再び「寝る」と宣言する。 ふわっと涙が出てきた。礼二郎は暖かくて柔らかい。目の前が涙でぼやけた。そんな私の背中をさすり、礼二郎が眼を閉じる。おやすみ、と呟いて。 - - - - - - |