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獅子王の童貞を奪う話


月明かりに雪がちらついていた。獅子王は身を震わせる。いったい何時だろう、おかしな時間に目が覚めてしまった。妙に乾燥していて喉が痛い。厨で水でも飲もうと眠い目を擦りながら廊下をそろそろ歩く。穴の空いた障子から蝋燭の灯、主の部屋だ。いかにも真面目な主君らしく、本を読んでそのまま寝てしまっているのか、それともまだ起きているのか。普段は大抵前者だ。
少しだけ隙間の開いた戸に指をかけ顔を覗かせる。火事になるぞと声をかけようと口を開いて、慌てて噤む。
ゆらり揺らめく頼りない明るさに、小さい影が動いていた。目を擦る。姿見の前で、主はゆったりと着替えをしていた。陶器のような素肌に碧い着物、傍らにはくしゃくしゃになった襦袢が落ちている。もう夜中だというのに主は化粧を落としていないらしい。伏せられた睫毛の下で鈍色の瞳がなにか逡巡していた。鏡に映る柔そうな肩、それから水の溜まりそうな鎖骨、寒さに淡く震える胸元と順に目が行く。
主――名前は徐ろに文机から蛤を拾い上げて、出掛けるときにように紅を引いた。筆が唇をなぞる。妖しい動きにぞっとした。一体なにが起こっているのか分からないが、とにかく鼓動がうるさい。
はあ、と白い吐息。
名前が胸元を肌蹴る。
もう少しで、見えそうな、

「う、わっ」

欲張って身を乗り出したら障子ごと部屋に転がり込んだ。獅子王の周りに埃が舞う。

「いってて……」

畳に強く額を打ち付けた。
目の前に細い足首がある。きっと名前の足だ。「ご、ごめん」とりあえず謝って、身体を起こそうとした。
頭の後ろになにかが乗った。と思ったらそのまま頭を畳に押し付けられる。それなりに強い力だったのでもう一度額を強かに打った。

「謝るくらいなら覗かなきゃいいのよ」

冷ややかな声が降ってきた。

「み、見てな……っ」
「見えてないとでも思ったの?」

踏みつける力が徐々に強くなる。身体が薄いことを気にしている獅子王だが、それでも決して非力ではない。況してや相手は小柄な名前だ。屈辱的なこの体勢を覆すくらい、彼にとってはいとも簡単といえる。
白粉のにおいがした。矢っ張り化粧をしていたのだ。
主は莫迦にしたように鼻を鳴らし、足を退ける。

「ぐ、ッあ、!」

思いきり蹴られた。不意打ちだったので受け身もとれず、無様にも後ろに倒れこむ。頬を爪で引っかかれたらしい、少しだけ痛んだ。
頬をさすりながら体勢を立て直したら、しゃがみ込んだ名前と視線が合う。鈍色。蛇に見込まれた蛙になってしまった。なにもいえず、視線も逸らせず、相手の動向を待つ。
手が伸びてきて腰帯を掴まれた。そのまま緩められる。お腹の辺りが楽になって、自然と深い溜息が出た。下穿きに冷たい手が滑り込んできて、わざとらしくそこを撫でられる。頬が引きつった。全て見透かされていたようだった。「ふぅん、こんな風になるんだ」いつの間にかすぐ傍に来ていた名前にかわいいねと囁かれる。

「……ねえ、したい?」

卑猥な台詞で誘われて、一層そこに熱が集まってゆく。舌なめずりでもしたのか、下品な音が耳のすぐ近くでした。「し、したい……」獅子王は自分の声の気恥ずかしさに、耳まで熱くなる。「じゃ、これ一回出そうか」冷たい空気に晒された下腹部がひくりとした。僅かな躊躇いも見せずに主君は脚の間に潜り込む。なにを、と声が出る前にはもうすっかり咥え込まれていた。手慣れた親嘴に堪えきれず、あっという間に射精する。最後の最後まで舌で絞りとって、主は身体を離した。
真面目な女だと思っていた。少なくとも、ほんの数刻前までは。

「もしかして、経験ないの?」

恥ずかしかった。答えられなくて彼は顔を背ける。女性の身体を見たことがないわけではなかった、触れられたり触れたりしたことがなかっただけで。もし経験があればもっと円滑に事を運んでいただろう。獅子王には経験だけでなく知識もなかったのでどう返答すれば正解になるのか分からなかった。
主はまた鼻を鳴らし、彼の上に跨った。背中の骨が軋る。期待と羞恥があった。また熱くなるのがわかる。ゆらめく灯に後ろから照らされて名前の表情は上手く読めなくなっていた。
性器が飲み込まれるの感じながら、案外簡単に入ってしまうものなのだなと思った。角度を変えながら何度も抽送される。「名前っ、あ、っは」不思議な気持ちよさに喘ぎ声が止まらない。期待と羞恥と、もうどうにでもなれという開き直り。

「っ、も、むり、名前、」
「なぁに? どうしたい?」
「きもちい、いい、ッあ、でそう、」

まるで子供のように言葉が抑制できずこぼれ落ちる。きゅうと締め付けられる感覚があって、呆気無く埒を明けることになった。名前は追い打ちをかけるかのように再び腰を動かし、それからくたりと身体を折る。
灯が落ちた。部屋が静かに真闇になる。
主の顔がすぐ近くにあった。丁寧に引かれていた紅は乱れ、唇は体液に濡れている。

「明日は無理だけど、明後日の夜ならおいで。またしてあげるから」

まだ密着したままで、獅子王は下半身の感触を憶えながら思い出していた。そういえば喉が乾いていたな、と。

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