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太陽、または神より速く



 長い黒髪をそっと右手で束ねて、左手で強引に抱き寄せた。きゃ、と高い声。透き通った肌が見える。首筋に鼻を埋めれば少しだけ汗のにおいと、それから甘いような不思議なにおい。
 ふふ、と彼女は笑う。鼻先で、軽くあしらうように笑うのがとてもうまい。その笑い方が好きで好きで、焦がれていた。身体をいくらか重ねるうちに、だんだんとそれは消えていって、だんだんと僕を受容するような笑い方になっていき、終いには消えてしまうのではないかと思われた。久しぶりに聴いたふふ、の笑い声はやっぱり耳の奥をくすぐって身体の芯に火を点ける。どうして彼女がふふ、と笑わなくなってしまったのか僕にはわからない。
「鳥口さんって、手も鼻も、すごく熱い」
 彼女の身体は冷たすぎる。まるで内側から氷でできているみたいに。
 するすると移動して頚椎の辺りにそっと口づけた。
「髪を切ろうと思ってるの」
「ええ、嫌だなあ」
 口づけたまま喋るものだからくぐもった声しかでない。出会った頃より少しだけ柔らかくなったお腹をそれとわからない程度に揉んだらそれ以上に強く叩かれた。僕は名前のどこもかしこも好きなのに、本人はそうではないらしい。特にお腹と、太もも。
 抱き寄せたままもう一度布団に引きずり込んだ。驚かすつもりだったのに、果たして見透かされていたようであっさり彼女は倒れこむ。後ろ向きに抱きしめているから表情は見えない。
「私の首が本当に好きなのね。ううん、首だけじゃない、ふふ、首から肩、あと」
「ここ」
「あっ、」
 歯を立てる。びくんと名前の背中が大きく動いた。肩胛骨。痩せた身体に大きく浮いた大きな骨。
 そう、首も肩も背中も、大好きでたまらない。特にここの骨に、なぜだかとても執着してしまう。
 髪が一筋顔にかかった。くすぐったい。
 僕の歯から逃れようと彼女は身体を起こした。ああ、残念。口元が寂しくなってしまう。
「いいことを教えてあげる」
 ふふ、
「私のここにはね、翼があったの」
 肩胛骨。
「もうないのよ、鳥口さんがもいでしまったから
 あ、眩しい。帳から昼の太陽光が鋭く差し込んだ。
 そっと指の腹で撫でる。
「私は本当なもっと高尚な女だったのよ、鳥口さんに抱かれるまで」
 ああ、そうか。笑い方が変わったのも、少し太ったのも、髪を切ろうとしているのも、全部、たぶん、僕のせいなんだろう。たぶん僕が彼女を高いところから引きずり下ろしてしまったんだ。憧れて焦がれて、こっちに落としてしまったんだ。
 だったらもう開き直るしかないようだ。
「名前、」
 またさっきと同じように引き倒して、今度はさっきより強く抱きしめる。衣擦れの音。もがく名前。見えない両翼。がさがさ、ばさばさ。
「名前、ごめんなさい、でも、どうしても欲しかった」
 首筋に噛み付く。歯の痕が残るくらい強く。懺悔のつもりで、自分がなぜこうしたのかはよくわからない。せっかく彼女のことがひとつわかったのに、自分の行動すらよくわからないのはどういうことなんだ。
いたあい、名前が吠え立てる。甘えた声にも聴こえて、そんな風だから僕はどうしても反応してしまって、収拾がつかなくなる。すると察してくれたように身体を動かして、それを触ってくれた。こうやって俗なことをさせるたび、彼女は落ちて落ちて落ちてくる。
「でも、翼がなくなってよかった」
「え?」
 順調に気持ちよくなってきた。ぼうっとする。
「もし翼があったら、ここに口づけられないから」
 気障なことをいうのね。
 名前は本当につまらなそうにそう応えた。

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