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楡の花が咲いたよ


くぁ……と間抜けな欠伸がひとつ、麗らかな陽気に混じる。

「おや、寝不足ですかな主どの」
「んーん、春だから」
「そうですなあ、春ですなあ」

鳴狐の肩に乗っていた狐は自然な動作で名前の膝の上に。恰も初めからそうしていたかのように身体を丸めて日向ぼっこを始める。春の匂いがした。
面頬の下で鳴狐の表情は読めない。けれど確かに眠たげな眼になっていることは知れる。

「春眠暁を覚えず、鳴狐も先ほどからうつらうつらとしております」
「うん、私も……」
「主どの! 涎を垂らさないで下さいまし!」
「ううんごめんごめん」

さっきまで寝ていた狐はやたら元気だ。遠征部隊の帰還がこんなに遅くなるなら昼寝をすればよかったと名前は悔いる。半刻は眠れたのに惜しいことをした。
怪我をしていた鳴狐を話し相手に彼らを待っているが、如何せん話題も尽きた。そしてふたりは眠くなってしまっている。ちらりと隣の彼を見やった。丁度、うとうとと船を漕いでいるところで、赤く縁取られた眼は完全に閉じられていた。
両手で支えられていた湯呑みから冷めた茶が溢れる。「あーっ、もったいない!」と狐が叫んでも鳴狐の目は覚めない。

「主どのー、鳴狐が寝てしまいました」

狐の身体は暖かい。撫でているとぽかぽかしてくる。豊かな毛並みの触り心地の良さときたら、手から蕩けてしまいそうだ。

「ふぁあ……私も眠いなあ」
「彼らが帰還されたとき寝ていたら失礼だと仰ったのは主どのですぞ」
「そう、なんだけど……」
「ならばわたくしめがひとつ、小噺でもして差し上げましょう。あれはわたくしが子狐のときでありました――」

甲高い声でなにやら噺が始まる。尻尾を賑やかに振りながら狐は楽しそうに話し始めた。かつてあんなことがあったのだがこうしてこうなってあれそれ……と段々名前の耳を素通りするようになる。右から入って左から通り抜け、あれ、一体なにを聴いていたんだっけ。
自分でも分かるくらいに涎が垂れた。と同時に隣の鳴狐がびくんと身体を震わせる。

「は、寝てた」

決まり悪そうに彼は呟いた。座ったままで寝るのは無理があったようだ。

「そこ、寝ていいよ」
「ああっ、そんな固いところで寝たら身体が痛くなりまするぅ」

膝でぬくぬくとしている狐がいうことではない。

「じゃ、鳴狐こっちにおいで」
「あれっ」

狐を両手で持ち上げて膝を空ける。特等席だ。程よく陽にあたって、柔らかくて。
んん、と鳴狐はよく分からない返事をした。眠そうな目は相変わらず、身体を名前の方に向けて膝を借りるか迷っているところだろうか。狐を下ろして膝をぽんと叩いた。

「ほら、どうぞ」
「えと……じゃあ、」
「ええっ、主どの、わたくしはー!」

意外にも大人しく膝枕に応じる本体の周りで狐は右往左往する。「主どのー! 主どのー!」その様子がおかしくて笑ってしまう。
「こっちの膝なら空いてるよ」と逆の膝を指してみせる。狭いですなあと不服そうに、でももう一度膝に乗る。狐の小金の毛並みが、鳴狐の銀髪に重なった。さやさやと髪が風に揺れる。

「なんだかわたくしも寝てしまいそうです」

狐も船を漕ぎ始めた。膝の相乗りだ。
それを見ているとなんだか名前の眠気は何処かに行ってしまったようになる。髪をかきあげてふたりの頭を交互に撫ぜてあげた。

「あ、ほら、ふたりとも見て」

庭を指差して声をかける。
ふたりは返事代わりに寝息を立て、安穏と眠ってしまっていた。

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