世界が終わる、と彼女は宣った。細い肩を震わせて泣きながら主張した。もしかしたらその時既に彼女の神経は参っていたのかもしれない。かたかた震えていた。だから僕は途方に暮れて、とにかく彼女を慰めようとする。かける言葉は見つからない。彼女が泣けば泣くほど、その通り世界は終わるのだろうという気になってくるのだ。だとしたら慰めなんて不要に違いない。世界は終わる。それだけが確かなこと。 「皆が私をおかしいっていうの」 息も絶え絶えにそういう彼女を、誰が否定できよう。 「君はおかしくない。おかしいのは皆の方だよ」 或いは矢張り彼女の妄言だとしても僕は彼女を否定できない。だって、僕と彼女は同一なのだから。もし彼女の頭がおかしいなら、それは僕も同じ。負と負が合わさればそれはつまり正に転じる。彼女にとっての真実は僕にとっての真実だ。 雨が降っていた。土砂降りだ。ざあざあ、ざあざあ。風もびゅうと乱暴に叩きつける。その煩い中でもひんやりした彼女の声はしっかりと聞き取れた。彼女の声が聞こえなくなったら僕はお終いだった。 「私たちは」 雨の音、風の音。 「生き残るのね」 厭にはっきりした彼女の言葉。 「もしかしたら、私たちだけ死ぬのかも」 もう彼女は泣いていなかった。何かに気づいたようで、僕を見つめていた。 「そうかもしれない」 僕たちだけは、他とは違うのだ。世界は終わる、そして僕たちは二人揃って生き残るか死ぬか。 僕たちだけが生き残って人類最後の恋をするのもいいかもしれない。何も気にせず、ただ一緒に居るだけの。 二人で死んでしまうのも理想的ではある。現世から解放された時の喜びときたら、想像もつかない。 僕たちがどうなるかは誰にも分からない。世界の終わりは明日かもしれないし、まだまだ当分先かも分からない。分からないことだらけだった。 「先生と一緒」 幸せそうな声音だ。緩慢な動作で僕の首に腕を回し、ゆったりと囁く。「先生と一緒ならもう泣かない」と。 「でも世界がいつ終わるかは分からないんだよ」 「いわないで」 ああ、ごめんね、ごめん。髪を梳いてやると、彼女は甘えるみたいに身体をすり寄せる。 雨は激しくなる一方だ。彼女が泣き止んだから雨も止む、そんなことは有り得なかった。 「いつ世界が終わるのか分からない」 不安げに繰り返されるその事実は、また彼女の神経を脅かしたらしい。僕の存外現実を気にしている部分が彼女を不安にさせたのだ。 また泣きじゃくるかもしれない。そう思った僕は慌てて繕う。「分からないというのじゃない、ただ、僕は」、駄目だ、ここでも言葉が見つからない。 「ねぇ、先生。私、帰ったら先生から貰った睡眠薬を飲むわ。そんな、待ちきれないから」 ──……その囁きを聞いたとき、世界は終わりを迎えた。 - - - - - - |