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猫のお腹は薔薇でいっぱい



 京極さんは抱いていた石榴を放した。というより、乱暴に放り投げた。
 にゃあと鳴いて、石榴は畳に着地する。
「こっちにおいで」
 手招きすると、従順に私の膝に乗った。毛並みを優しく整えてあげながら、話しかける。君の御主人様は怖いねぇ、恐ろしいねぇ、と。
 満足げに喉を鳴らし、猫は眼を閉じる。わたくしこれから寝ますので、といった感じだ。
 寝ないでおくれよ。君の御主人様は私の話し相手になってくれないんだ。
 そう念じても勿論伝わるはずもなく、石榴は寝入ってしまった。幸せそうだ。私はそれでも撫で続ける。暖かい。
「あれ?」
 石榴の腹部を撫でていると、違和感を覚えた。
「京極さん。太りましたよ」
 ぴくりと彼の身体が反応する。
 ゆっくり振り返って、京極さんは恐ろしい顔で私を睨んだ。
「あっ、……違っ、違います!」
「──本音というものは、ふとした瞬間に出るものらしいぜ」
 それは違うっ!
 京極さんは勘違いをしてしまった。勘違いされるような言い方をした私が悪いんだけど。
「ざくろです、石榴。あの、お腹の辺りがちょっと太ったかな、って」
 猫を抱き上げ、必死に言い訳をする。
 眠りを妨げられた石榴は、不満の声を上げた。
 にゃあああ。
 ごめんよ、態とじゃない。京極さんが恐いんだ。君が太ったことを説明したいのさ。
「撫でてみて下さい」
 立て膝で京極さんの許に寄っていく。
 京極さんは手を伸ばして、猫に触れた。ああ確かに太ったかな、と。
 心地よいのか、石榴はごろごろと喉を鳴らす。彼の手の位置はだんだんずれていき、何故か私の手に重なった。石榴を抱いている私の手を撫で、京極さんは顔をしかめる。
「色気がないなぁ」
 石榴、君の御主人様はちょいと可笑しいよ。何だって私の手を撫で回すのかな。しかも失礼なことをほざいているよ。
「止めてくださいぃぃ」
「止めないよ」
 手が緩んだ。
 するりと石榴が落下する。
「あっ」
 今度は鳴き声を立てず、部屋から逃げていった。
 そして今度は私が京極さんの腕に引き寄せられ、倒れこむ。彼の痩せぎすの身体だって、色気なんかない。探そうともしたくないけど。
「いいことを教えてあげよう」
 私の耳に、彼の唇が近づく。
「色気なんてなくても、君は十分可愛らしいよ」

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