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宵月キセノン



「イデアくんって猫みたいだよね」
 わたしはかねてより思っていたことを本人に言ってみた。イデアくんはびくりと震えて少し辺りを見回す。
「それ、拙者に言ったの?」
「他に誰もいないし、イデアくんってちゃんと言ったじゃん」
 談話室にはわたしと彼のふたりきり。でないとこんな恥ずかしいこと言えやしない。さっきまで忙しなくタブレットをいじっていた手を止めて、イデアくんは照れくさそうに頬をかいた。不気味な笑みを浮かべて。
「そそそそれは光栄でありますな。拙者猫は大好きであるからして、褒め言葉と受け取りますぞ。いや一般的にも褒め言葉でしょう。つまり君は僕を好意的にみているということでよろしいですか?」
 早口で捲し立てる様子は立派なオタクだ。悔しいけれど彼の言う通りだったのでわたしは控えめに頷いた。
「そだね、好きだよ」
 イデアくんはまたびくりとした。
「だっ騙されませんぞ」
「なにが」
「そうやってお金巻き上げるつもりだろ」
「しないよそんなこと」
 めんどくさいな。わたしどうしてこんなひとを好きになっちゃったんだろう。でもまあ、こういうしんどいところが好きなのもあるけど。
「わかった。ラブじゃなくてライクの方なんだ」
「ラブだよ何回も言わせないで」
「一度しか言ってないじゃないか」
「アイラブユーだよイデアくん」
 そう、気まぐれで警戒心が強くて、でも懐くととても構ってちゃん。そんなイデアくんが大好き。だからどんなにめんどくさくてもふたりきりだと嬉しい。
「拙者すぐに調子に乗るからそういうこと言わないでほしい」
 ニヤケるのを止められない、といった表情で彼はわたしを小突いた。もっと言って、もっと頂戴、と言葉にしなくても分かる。
「イデアくん大好き」
 だからわたしは恥ずかしげもなくこういうことを言う。
 青い炎を纏った猫はわたしの隣に座り直して「え? なんて?」とまだまだ欲しがる。自分はなんにも言わないくせに。
「もう一生分言ったよ」
「短い一生ですなー」
 袖に隠れた口元が綻んでいるのがよく分かる。わたし以外にこんな表情見せることあるんだろうか。オルトくんはあるかな。それでもこんなにデレデレはしないだろう。尻尾が生えていたらぴょこぴょこ動いているに違いない。目に見えるよう。
「ほらもう一回」
「イデアくんは?」
「は?」
「イデアくんはどうなの?」
「……いや、その、察してほしいというか」
 もじもじ。肩でわたしをまた小突いて「ね、ほら」とまたぼんやりしたことを言う。せっかくふたりきりなのに、一言ないのか。わたしはため息をついてみせた。
 イデアくんはそわそわと辺りを見回して、それからわたしの膝に頭を預けた。突然のことに、魔法にかけられたみたいに固まるわたし。イデアくんはちょっと口を尖らせて「……こ、これで分かってくれるかな」と小声で言った。
「わ、分かった」
 まるでイデアくんみたいにごにょごにょと返事して、わたしは彼の髪をゆっくり撫ぜる。猫にそうするみたいに。彼の髪は暑いような冷たいような不思議な感じで、ふわふわと動いていた。猫耳みたいに、感情で動くのかな。
 誰もこなければ一生このままかな、なんて思いながらわたしの夜は幸せに帳を下ろし始める。

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