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want, want, want



 イデアの肌は白いを通り越して透き通るほど。手首なんかは薄い皮膚の下に血管がよく見える。
 そして形のいい耳。綺麗な耳朶。噛みつきたくなるほど柔らかそうで、おいしそう。
 普段は青い髪に隠れているけれど、ふとした瞬間、邪魔そうに横髪を耳にかける。わたしはその瞬間を決して逃さない。本当に、理想的な耳だから。
 わたしの耳はというと、形はまあ、ふつうだと思う。イデアのように綺麗な耳が欲しかった。そうしたら、いくつも開いたピアスももっと映えていただろう。
「い、痛くないの?」
 大ぶりなコットンパールのピアスをつけているわたしを見て、少し怯えたようにイデアは問う。わたしは黙って両手で髪をかきあげてみせた。これだけじゃないんだよ。
「えっ、うわ、うわあぁああ」
 まるで漫画みたいにイデアは悲鳴を上げた。
 ロブだけじゃない。トラガス、アンチトラガス、ヘリックス、アウターコンク。皮膚の面積よりもピアスの方が多いんじゃないかと思うくらい、わたしの耳は穴だらけだ。
「痛くないんですか」
 後退りながらも、わたしの耳からは目が離せないようだ。
「いまは痛くないよ。開けるときにちょっと痛いだけ」
「なんで? マゾなの?」
「違うよ」
 たぶん。
 最初は耳朶だけだった。それがいつの間にか、忘れられない思い出や突発的な思いつきのせいでどんどん増えていって今に至る。たぶん、十個以上あるんじゃないかな。
 開けてしまえばもうなにも怖くない。ピアッサー、もしくはピンで肉を刺すときだけ僅かにビビってしまうけれど。
 たぶん、欲張りなんだと思う。可愛いものをたくさん身につけたい、嬉しかったことを忘れたくない、そんな気持ちがどんどん穴を増やしていく。右耳のロブは親友に開けてもらったものだし、インダストリアルピアスは可愛くてどうしても欲しくなったので穴を増やした。ピアスを神聖視する習わしも世界のどこかにはあると思うけど、わたしはただの単純な女。
「イデアは開けないの?」
「ピアスなんて、パリピやヤンキーがつけるものじゃん」
「……わたしはどっち?」
「……わかんないけど」
 彼は俯いてぼそぼそと答えた。はらりと横髪が落ちて、イデアは鬱陶しそうにそれを耳にかける。あ、わたしが大好きな仕草。
 青い髪に白い耳。ああやっぱり、完璧な美しさだ。
「ねえ、ひとつでいいから開けてみない?」
 わたしの提案に、彼は両手で大きくバツを作って拒否の意を示した
「僕はパリピでもヤンキーでもないので。っていうか、痛いの嫌いだし、血とか見たくないし、おしゃれとか興味ないし」
 早口でまくしたてるけど、そんなの美の前には理由にならない。もっと欲張ってほしい。もっともっと、美しくなれるのに。
「だいたい軟骨にピアス開けるなんて自分でわざと骨折してるのと同じじゃん。やっぱりマゾだよマゾヒストだよ。僕はそんな趣味ないから嫌だね」
「じゃあわたしサディストなのかも」
 わたしよりずっと背が高いイデアを壁際に追い詰めて逃げられなくする。イデアは迷子の子供みたいな目つきでわたしを見た。
「ね、開けさせて」
「い、や、だ」
「そしたら、ねえ、イデアはわたしのこと忘れられなくなるでしょ?」
 わたしを欲張ってよ、ねえ。
「……そんなことしなくても忘れませんけど」
 彼はぎこちない手つきでわたしの頭を撫でた。
「お揃いのピアスつけようよ」
「リ、リリ、リア充がするやつだ」
「ねえ」
「……考えとく」
 ほとんどイエスに近い返答に、心のなかでガッツポーズ。
 わたしは今夜にでもまたひとつ穴を増やそう。イデアの美しさを刻み付けるために。忘れないために。いつか彼がいなくなっても、思い出せるように。

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